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3・11東日本大震災7年
津波そのとき 千葉・旭市から(上) 節目に語る自らの経験

減災 | 神奈川新聞 | 2018年3月10日(土) 10:30

旭市の追悼式で自身の体験を語ることになった大木沙織さん=神奈川大湘南ひらつかキャンパス
旭市の追悼式で自身の体験を語ることになった大木沙織さん=神奈川大湘南ひらつかキャンパス

 関連死を含め、2万を超える命を奪った東日本大震災から11日で7年。首都圏最悪の津波被災地、千葉県旭市には、語り継ぐことの難しさを感じながらも前を向く人たちがいる。
 「私たちのまちは、何をもって復興したと言えるのだろう」。7年を経たふるさとの姿を見詰めながら、神奈川大4年、大木沙織(22)=川崎市=は思いを巡らせる。

 弓なりに延びる九十九里浜の東端に位置する千葉県旭市。2011年3月11日。中学3年だった大木の自宅にも迫ってきた津波は海沿いの家々を襲い、15人の命を奪った。

 とはいえ、壊滅的な被害様相を呈した岩手、宮城、福島の東北3県の沿岸部のように、まちを根こそぎにされたわけではない。復興においても、大掛かりな土地のかさ上げは必要なく、集落の高台移転もなされなかった。

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