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【一問一答】横浜M中村、磐田移籍決定

横浜F・マリノス | 神奈川新聞 | 2017年1月9日(月) 02:00

磐田への移籍が決まった中村
磐田への移籍が決まった中村

 サッカーの元日本代表MFでJ1横浜F・マリノス(横浜M)主将の中村俊輔選手(38)がJ1磐田へ完全移籍することが8日、決まった。両クラブが同日発表した。同選手にとって初の国内移籍となる。

 横浜市出身の中村選手は桐光学園高(川崎市麻生区)から1997年に横浜Mに入団。2002年途中から8シーズン、イタリアのレッジーナや英スコットランドのセルティックなど欧州でプレーし、10年にJリーグに復帰した。左足の正確なキックと卓越した戦術眼を武器として日本代表でも長く活躍。国内では横浜M一筋に歩んできたクラブの象徴だった。J1通算338試合出場で68得点。

 中村選手は「自分の魂であるサッカーと、真摯(しんし)に、そして何よりも喜びと楽しさを持って向き合うため、懊悩煩悶(おうのうはんもん)の末、マリノスを離れる決断に至りました」とコメントした。


J1磐田への移籍が決まり、取材に応じる横浜Mの中村俊輔=横浜市
J1磐田への移籍が決まり、取材に応じる横浜Mの中村俊輔=横浜市

愛着も不信感拭えず


 J1横浜Mは8日、元日本代表MFで主将の中村俊輔(38)がJ1磐田へ完全移籍すると発表した。初の国内移籍となる中村は横浜市内で取材に応じ「悔いがない終わり方をしたかった。サッカーと向き合える場所を考えたとき、ここではなかった」などと決断の理由を明かした。

 中村はレッジーナ(イタリア)や、セルティック(スコットランド)など欧州クラブに在籍した2002年途中から09年までの8シーズン以外は横浜Mで通算13年間プレー。「マリノスから離れることは考えたことがなかった」とこの日も強い愛着を示したものの、横浜Mが14年5月から資本提携するシティー・フットボール・グループ(CFG)の主導で進められているチームの強化策や急速な世代交代への不信感が拭えなかった。

 昨季は両足首や左膝の故障などもあって19試合の出場にとどまり、4得点だった。J1通算は338試合出場68得点。代名詞のFKは歴代最多22ゴールを決めている。

 磐田は昨季年間13位。背番号はこれまでと同じ10に決まり、司令塔として期待されている。

【一問一答】純粋にボール追いかけたかった



 中村は時折寂しそうな表情を浮かべ、決断に至るまでの経緯を言葉を選びながら話した。


横浜Mから磐田への移籍を発表し、報道陣の取材に応じる中村=横浜市内
横浜Mから磐田への移籍を発表し、報道陣の取材に応じる中村=横浜市内

 -移籍の理由は。

 「純粋にスポーツは楽しむもの。練習したことを試合で発揮し、うまくいかなければ見直してまた練習する。そのサイクルに戻りたかった。もう(現役生活は)長くはない。純粋にボールを追いかけたかった」

 -それはピッチ外での環境の変化が影響したということか

 「それもあることはある。例えば私生活で問題があったとしても、

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