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YSCC・安彦考真選手
【ひとすじ】Jリーグ最年長デビューに挑む 

Jリーグ | 神奈川新聞 | 2019年3月6日(水) 21:00

41歳の「再挑戦」について思いを語る安彦選手
41歳の「再挑戦」について思いを語る安彦選手

 不惑を越えた41歳が今、Jリーグ最年長デビューを目指し汗をかいている。J3のYSCCに所属する安彦考真(あびこ・たかまさ)=相模原市出身。挑むのは、リーグが2部、3部と拡大を続けながら、なおも破られていない四半世紀前の最年長記録の更新だ。今季開幕を告げる笛は10日、ホームのニッパツ三ツ沢球技場(横浜市神奈川区)で鳴る。

 開幕戦を数日後に控えたYSCCが練習する「YC&ACグラウンド」(同市中区)。20代のチームメートに負けじと、無精ひげを生やした色黒のベテランが声を張り上げていた。

 周囲と比べると体力、スピードの違いは否めない。それでも、足元の技術や球際でボールを奪い取る力はときに若手を上回る。

 練習生からはい上がり、昨季入団したJ2水戸での公式戦出場はゼロ。新加入のYSCCでの年俸は120円だ。本人は無償でもいいが、あえて「プロ契約」として成り立たせるために受け取っている。

 「クラブからプレーする場所をもらえるだけで十分」。その表情に悲壮感は全くない。

海外で見た夢の続きを


Jリーグ史上最年長デビューを目指しているYSCCの安彦選手 =横浜市中区の横浜カントリー&アスレティッククラブ
Jリーグ史上最年長デビューを目指しているYSCCの安彦選手 =横浜市中区の横浜カントリー&アスレティッククラブ

 ボールを蹴り始めたのは小学1年生の頃。安彦のスターは今も変わらず、J2横浜FCでプレーを続ける52歳の三浦知良だ。

 高校1年時にブラジルに渡って現地で活躍、帰ってからは瞬く間に日本サッカー界の顔にまで上り詰めていく。三浦のそんな生き方が格好良かった。

 「こんなことがあり得るんだ。自分も同じような道を歩みたい」。中学校時代に抱いたおぼろげな夢は、強豪高校への入学がかなわずとも、消えるどころかはっきりと目の前にあった。

 県立新磯高校(現相模原青陵高校)2年の冬、家族や周囲の反対を押し切り、ブラジルへのサッカー留学を決意した。学業と部活動の合間を縫い、渡航資金の30万円をためるために新聞配達にいそしんだ。

 格安の航空券を握り、羽田空港から2カ国を乗り継ぎサンパウロへ。現地ではユースチーム(18~20歳)に在籍した。

 三浦という偉大な先駆者の影響もあり、そのチームには後にプロを目指す日本人が5人加わった。日本人寮も構えられていたが、おのずと自律が求められた。

 「それ、ちょっと貸してくれ」。現地の選手にそう言われ、サングラスを手渡すと、翌日にはその選手はいなくなっていた。愛用の携帯音楽プレーヤーが朝市の店先に並んでいるのを見つけたこともある。

 当時サンパウロは失業者がたくさんいた。過酷な環境から薬物に手を出すプレーヤー、渡航だけでステータスを感じる日本人選手もいた。「自分は流されたくない」。辞書を片手に寮を飛び出し、ブラジル人と同じ寮で生活した。

 「実力が全て」と練習ではがむしゃらにボールを追い、仲間との息も合わせていく。同じポジションである左サイドバックの選手が故障したことも手伝い、レギュラーをつかんだ。

 1カ月の滞在予定はクラブの要望で、もう2カ月延長。高校卒業後もアルバイトで資金を稼ぎ、再びブラジルにたった。滞在2年目で実力が認められ、マリンガという都市のチームでプロ契約を勝ち取った後だった。予期せぬアクシデントに見舞われた。

 リーグ戦直前の練習試合で大けがを負い、右膝全十字靱帯(じんたい)断裂と診断された。21歳で失意の帰国を余儀なくされ、後にJリーグの入団テストも受けたが「まったく歯が立たなかった」という。

 2001年、23歳。安彦の現役生活は一度、ひっそりと幕を閉じた。

 ピッチを離れた後は、J2クラブの通訳やコーチを歴任。後に高校などで指導にあたっていたが、不登校の子どもたちを受け持った授業で人生が一変する。

 インターネットで資金を募るクラウドファンディング(CF)の手法を紹介したところ、後日、教え子の1人が「先生、僕やってみました」と言ってきた。

 聞くと1500円の本を買うためにCFに挑戦したが、集まったのは300円だけ。教え子は周りの子たちと一緒に笑ったが、安彦は挑むことを忘れていた自分を気付かされ、がくぜんとしたという。

 「自分は今、何をしているんだ」。閑静な住宅街に居を構え、不自由のない生活に満足していた。ブラジルに渡ると言い放った高校時代は周りから馬鹿にされ、「上までいけなかった劣等感があった。プロになる道から逃げ、そんな経験にふたを閉じようとしていた」とも振り返る。

 やり残したことは一つ。Jリーガーになる夢の再挑戦だった。

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