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陸前高田フロンターレサポーターず会長 濱口智さん
フロンターレ、ハタチの物語(9)遠くて近い、心の友

川崎フロンターレ | 神奈川新聞 | 2016年4月14日(木) 12:00

あなたにとってフロンターレを一言で表すと、との問いの答えは「友」。遠くにいるけど、とっても心の近くにいる存在との思いがある
あなたにとってフロンターレを一言で表すと、との問いの答えは「友」。遠くにいるけど、とっても心の近くにいる存在との思いがある

 大阪で育った。生まれた時から阪神ファンだ。フロンターレのことはほぼ知らなかった。でも今は、「心の友」だと思っている。

 雄大な自然、人の温かさに引かれ、岩手県の小学校教員になった。15年前、陸前高田市に家を構えた。「よそ者」だったからこそ、知り合いをつくろうと努力した。そして3月11日が来た。「やっと居場所ができたころだった」。あまりに多くのものを失った。自身の家族、家は無事だった。でも友人知人、みんなが消せない傷を負った。

 子どもたちが学ぶ場、教材もなかった。支援を求めて知人や教員同士の輪をたどった。その声がフロンターレに届いた。被災直後の4月。チーム特製の計算ドリルを提供してくれた。「何より選手全員が来てくれたのがうれしかった」。チームの誠意と本気を思った。

 5年がたった。「一つの区切りなのか。打ち切られていく支援も多い」。自立への歩みともいえた。でも「距離」を感じることも増えた。川崎のクラブは「支援はブームじゃない」と言ってくれた。ホームゲームでの陸前高田の物産販売などのイベント、昨年9月に結んだ友好協定…。「フロンターレは関係をますます深め、しかも対等に付き合おうとしてくれる」。自身もできることをと、「陸前高田フロンターレサポーターず」の会長を務める。

 あの日から泣き虫になった。先日、息子が中学を卒業した。保護者代表であいさつした。息子の、亡くなった友人を語った。涙が止まらなかった。かさ上げが進む町。そこに住む人。「いくら時間がたっても、心の傷は消えないんです。でも生きていくしかない」

 だから言葉を重ねる。「選手、スタッフはもちろん、それを支えるサポーター、川崎の人たちにも本当に感謝している。川崎に僕らを思ってくれる人がいるということが、どれだけ心強いか」。心にあいた穴を埋めてくれるような、遠くて近い友だと思っている。

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