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“準ホームタウン”交流へ フロンターレと陸前高田市

川崎フロンターレ | 神奈川新聞 | 2015年9月5日(土) 03:00

陸前高田市の子どもたちと交流を深める中村憲剛選手(右)=2011年9月、フロンターレ提供
陸前高田市の子どもたちと交流を深める中村憲剛選手(右)=2011年9月、フロンターレ提供

 東日本大震災の被災地、岩手県陸前高田市の復興支援を続けるサッカーJ1川崎フロンターレの地道な取り組みが、自治体とクラブとの友好協定として実を結ぶことになった。選手訪問や市民招待イベントなど切れ目のない支援に応える形で、同市も市民応援団体の発足を準備。川崎から約400キロ離れた三陸の港町を“準ホームタウン”とし、互いの存在が励みとなる交流へ-。震災から4年半となる11日、当地で締結式を行う。

 2011年3月11日、震災と津波で当時の人口(約2万3千人)の7%超に当たる1800人余りが犠牲となった同市。小中学校や高校では教材が流され、校庭に仮設住宅を整備するなど、教育現場も大きな困難に直面していた。

 クラブは直後に、川崎市の小学生向けに発行する副教材「川崎フロンターレ算数ドリル」と、サポーターから寄贈されたサッカーボール約260個を提供。震災前は縁のなかった両者の交流が始まった。

 東北地方で開催される試合に合わせて年1回、選手らが陸前高田市を訪れ、小中学生向けのサッカー教室を開催。川崎市内で行った街頭募金などを原資に、陸前高田市民を等々力陸上競技場(川崎市中原区)に招くイベント「かわさき修学旅行」を企画するなど、息の長い支援を続けてきた。

 チームの元主将で、現在はスタッフとして支援活動に携わる伊藤宏樹さん(37)は「行くたびに目に見えて街並みが変わり、復興に向けて一歩ずつ進んでいると感じてきた。今後は一方的な支援だけでなく、お互いの存在が励みとなるような交流にしていきたい」と話す。

 新たに結ぶ協定のタイトルは「高田フロンターレスマイルシップ」。クラブは、陸前高田市にロゴやエンブレム、選手肖像の無償使用を許可。国内のプロスポーツクラブが被災自治体と協定を結び、本拠地以外の都市に素材を提供するのは極めて珍しいという。

 自治体側も応援団体「陸前高田フロンターレサポーターず」を発足させ、松田町生まれと神奈川にゆかりのある戸羽太市長が名誉会長に就任する予定だ。宮城、山形など近県で行われる公式戦に合わせて応援ツアーを組んだり、市内に選手ポスターを掲示したりと、クラブカラーのサックスブルーを復興のシンボルとしていく。

 現在も市民約1400人が仮設住宅で暮らしている同市。同市商工観光課課長補佐の千葉達さんは「復興には時間がかかるので、市民に元気がないと続かない。一流のアスリートと会うことで笑顔になり、自分も体を動かそうという気持ちになれる」と、交流促進に期待を寄せている。


選手らが参加し、陸前高田市で開いたサッカー教室=2011年9月、フロンターレ提供
選手らが参加し、陸前高田市で開いたサッカー教室=2011年9月、フロンターレ提供

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