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フロンターレ、ハタチの物語(総集編)〈サポーター・地域編〉生活に「浸透」

川崎フロンターレ | 神奈川新聞 | 2016年12月28日(水) 10:53

「あなたにとってフロンターレを一言で表すと」という問いの答え
「あなたにとってフロンターレを一言で表すと」という問いの答え

 富士通サッカー部時代から応援するイタリア料理店「ビッグフット」の田辺忠広さんにとってフロンターレは、「息子たち」。旧選手寮が近く、歴々の行きつけである同店。「本当の息子のサッカーを見ているようで、勝ち負けよりミスをするなよ、とか思っちゃう」。目線はまさに親だ。

 創設当初から、クラブの企画で使う衣装を手作りするなど小道具係を任されているサポーターの古澤美由紀さんにとっても、「我が子」のような存在だ。本当の我が子である弘太郎さんはゴール裏の応援の中心を担う。クラブは「生活」そのもので、日常の一部となっている。

 試合運営のボランティアの齋藤千穂さんは「つなぐ」という言葉を選んだ。娘2人との絆を含め、いろんな縁をつなげてくれたと。同じボランティアである高橋宏さんは「信頼」と表す。プロチームが根付かなかった川崎にあって、フロンターレのゲームは地域の遊園地のような存在になりつつあると感じている。

 川崎大師近くのごりやく通り商店会・石渡孝明会長は「共生」と答えた。クラブが掲げる地域密着の本気度を買ってこその言葉だ。平間銀座商店街の乕井一雅さんは「宝くじ」と記した。強くなれるか、根付くかは賭けに近いと思っているが「もしJ2に落ちても平間は見捨てない」。こう言わせた時点でクラブは賭けに勝っているのだろう。

 練習場の地主だった中山茂さんは「郷土愛」と書いた。ピッチの2面化、選手寮の土地提供など、クラブの武田信平・前社長に「絶対に足を向けて眠られない大恩人」と言わしめた功労者は、献身の理由を「スポーツは地域を元気にし、お金では買えないものを与えてくれるから」と語る。

 チームが友好協定を結ぶ岩手県陸前高田市の「フロンターレサポーターず」の濱口智会長は、「友」。復興の歩みを共にしてくれる「心の友」だといい、「川崎に僕らを思ってくれている人がいることが、どれだけ心強いか」と感謝する。

 サポートカンパニーである笠原不動産の笠原幸男さんが選んだのは、「の」。川崎フロンターレではなく一人一人にとって「の」フロンターレになる努力を続けてほしいと語る。

 クラブが共生の歩みを続け、各自の生活に浸透していくことで地域や人をつなげ、郷土愛を育む。その積み重ねが互いの信頼を生み、それぞれ「の」特別な何か、例えば子どもや友、そして夢ある宝くじになっていく。簡単そうで難しい「地域に根ざす」という実像が、ここに見える。

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