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日朝親善サッカー横浜大会 友好紡ぎ60年目のキックオフ

サッカー | 神奈川新聞 | 2021年10月23日(土) 05:50

日朝親善サッカー横浜大会の開催に尽力する内田会長(前列左)と崔会長(同右)ら関係者

 長きにわたって隣人同士の友好を紡いできた横浜市長杯争奪日朝親善サッカー横浜大会が今月、60年目のキックオフを迎える。大会は在日コリアンとの交流と競技力の向上を目的として1962年にスタート。毎年1回の開催で連綿と続いてきたが、差別言動がかまびすしさを増す今、関係者の大会への思いはさらに強まっている。

 「続いていること自体が何より素晴らしい」「歴史と意義のある大会だ」。主催する横浜サッカー協会の内田渉会長と、在日本朝鮮人神奈川県体育協会の崔哲会長は自負を持って言う。

 第1回の舞台は、三ツ沢公園の競技場(同市神奈川区)。在日コリアンで結成し、各大学のエース級らが居並ぶ在日朝鮮蹴球団と、市内の社会人らで構成する全神奈川が相まみえた。

 蹴球団は天皇杯全日本選手権の優勝チームを破るほどの実力があり、「陰の日本一」とも呼ばれた。横浜代表チームも、全日空や日産自動車などから卓越した選手をそろえて対抗したが、全く歯が立たない時代が長く続いた。

 「朝鮮の同胞はこの試合に力を得ていた。差別されることが日常にあり、だからこそ蹴球団の勝利を見ては、みんなは声高らかに帰っていた」。崔会長はそう述懐する。

 起源は戦後の混乱期までさかのぼる。物資に乏しく道具がなく、サッカーをしたくともできない頃、在日コリアンの体育関係者から日本側にボールを贈られたことが事の始まりだ。

 かたや蹴球団は公式戦の機会に恵まれていなかった。ならばと、後に横浜協会の会長となる故片岡次夫氏らが過去の恩義に報いようと親善マッチ開催に動き、実現にこぎ着けたという。

政治や思想を超えたものが

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