「小さくてもできるんだぞ、というのを世界に見せつけたい」。3月2日、リオデジャネイロ五輪に挑む代表発表の記者会見で、荒井陸は臆せず言い放った。
身長165センチ、体重50キロ。おそらく五輪に出場する各国代表選手の中で最も小柄だと自認する。だが、背が低いからできないと評されるのは昔から大嫌いだった。だから2メートル、100キロを超える海外勢と渡り合える舞台は最高の場所だ。
守備や速攻を担うドライバーを務め、今や代表の顔でもあるが「泳ぐのは得意じゃない」と苦笑する。だが、長くても30メートル程度しか泳がない水球では、武器とする鋭敏な反応こそ生きてくる。
「(パスを予測して)相手より先に前に出られる。単発のダッシュでは負けちゃいけないと思ってきた」
任されるのは左サイドのドライバー。得点力が求められるポジションは常に屈強な相手ディフェンスとぶつかるが、「フェイントを入れたり、横を抜いたりすれば大きさは関係ない」。しなやかに水面をかき分け、一瞬の隙を狙う。そんなプレースタイルは、水球を始めたのは小学2年生の頃から培ってきた反骨心のたまものだ。
小学校時代から後方への宙返りも難なくこなせた万能少年が夢中だったのはサッカーだった。
夢はサッカーの日本代表。それがフィールドをプールに移そうと思ったのは、思うように体を動かせない困難さに魅力を感じたからだ。
「ボールをすくって投げるというのがサッカーのトラップとかと全然違う。手で扱うのに難しい」。簡単にできないことが悔しく、そして新鮮で楽しかった。
本格的に水球に取り組み、西高津中から水球の強豪である埼玉の秀明英光高に進学。川崎市内の自宅から片道約2時間半かけて通った。
「小さい体を大きい人にどうぶつけていくか常に考えていた」という。そこで磨いた堅守速攻のスタイルは日体大入学後に花開いた。
日本代表が並ぶ先輩たちとの練習でもまれた日々がスタイルを磨き上げていく。転機は大学1年目の終わり、2013年3月。日体大健志台キャンパスで行われていた代表合宿に初めて招集された。日体大監督であり、当時から代表監督を務めていた大本洋嗣監督に可能性を見いだされた。
強豪国に比べて平均身長にしておよそ20センチ低い日本が、世界に先駆けて導入した「パスラインディフェンス」。できるだけ接触プレーを避け、相手の前でパスカットを狙い、速攻につなげていく戦術だ。
リスクはあれど得点チャンスも増える。小さくともスピードのある荒井は、新戦術の体現者になるとみられていた。
ロンドン五輪の予選の時は高校3年生。観客としてスタンドで眺めていたという。
「4年前を考えれば信じられない」。昨年12月のリオデジャネイロ五輪予選を兼ねたアジア選手権で8得点。初戦のイラン戦ではチーム最多の5点をたたき出すなど、ポイントゲッターとしての地位を築きつつある。
「五輪は自分たちより格上のチームしかいない。そこをどうやって崩すか考えていかないといけない」。焦がれた舞台に胸膨らませる時間はもう終わった。
「出場だけじゃ駄目。勝ってなんぼだと思う」。32年ぶりに足を踏み入れる世界で、その痛快な泳ぎはきっと世界に衝撃を与える。
あらい・あつし 水球日本代表。西高津中-埼玉・秀明英光高-日体大-プラザハウス(全日体大)。日体大2年時の2013年にワールドリーグで日本代表デビュー。代表キャップ数は35。165センチと小柄ながら高い俊敏性で日本の速攻を支え、リオデジャネイロ五輪予選では8得点を挙げた。165センチ、50キロ。川崎市高津区出身。22歳。