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カントーの漢 稲垣啓太
連敗止めるも笑顔なく【2】箕内 拓郎

その他スポーツ | 神奈川新聞 | 2019年9月16日(月) 17:30

「自国開催は稲垣にとって良い経験になるはず。とにかく楽しんでほしい」とエールを送る箕内さん=東京都内
「自国開催は稲垣にとって良い経験になるはず。とにかく楽しんでほしい」とエールを送る箕内さん=東京都内

勇敢な桜の戦士

 2015年ワールドカップ(W杯)イングランド大会で南アフリカを破った「ブライトンの奇跡」からさかのぼること12年。日本は、大金星を予感させる接戦を演じた。そのピッチで主将として体を張っていたのが関東学院大出身のナンバー8・箕内拓郎(43)だ。

 03年10月12日。豪州の小都市タウンズビルでの初戦。相手は、英国4協会の一角の伝統国スコットランドだった。日本は鬼気迫るタックルを繰り返して猛攻を食い止める。後半開始早々には11-15に迫り、健闘する姿に観客はどよめき、「ジャパン」コールがスタジアムに響き渡った。

 敗れはしたが、翌朝の地元紙には「BRAVE・BLOSSOMS(勇敢な桜戦士)」と見出しが躍った。ラグビー大国のファンの心をつかみ、後に日本代表の愛称にも定着することになる“桜戦士”たち。1995年大会でニュージーランド(NZ)に145失点し、立て直しを託された「ミスター・ラグビー」平尾誠二が監督として率いた99年大会でも全敗し、暗く長いトンネルから抜け出せないでいた日本代表に光が差した。

 しかし、その一戦で桜戦士の先頭に立っていた箕内は「試合の記憶はほとんどないんですよね」と遠くを見つめた。

 キックオフで高々と蹴り上げられたボールは箕内の方へと落ちてきたという。「キャッチの瞬間までボールの滞空時間が長く感じて、最初のワンプレーで主将がノックオンでもしたらどうしようと心臓がバクバクで。ミスするかしないかで僕の日本のW杯が変わると思った」。その後の80分間を今、思い返そうとしても頭が真っ白になるだけだというのだ。

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