東京五輪の開幕まで10日に迫り、神奈川ゆかりの日本代表選手も出そろった。
史上初となる延期を受けて新型コロナウイルス感染症対策を講じた上で、大会運営を簡素化して主に無観客で行う。
開催の意義が問われ続けた異例ずくめの祭典に臨むオリンピアンたちは何を考え、何を追い求めてきたか。1年の足跡を振り返る。
2020年3月24日夜。
新型コロナウイルスの感染が急速に広まり、五輪予選を含む国内外の競技大会中止が相次ぐさなか、安倍晋三前首相は国際オリンピック委員会(IOC)バッハ会長との電話会談の末に急転直下の延期を表明した。
4年に1度の五輪イヤーへ緻密な計画でピークを合わせる選手たちにとって、大打撃となった。
柔道男子60キロ級代表の高藤直寿(パーク24、東海大相模高出身)のように「どっちにしろ、いつでも戦う準備はできている」と前向きな意思表示をした選手がいた半面、不安をのぞかせた者も少なくない。