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「私がやることは決まっている」 柔道・芳田司

その他スポーツ | 神奈川新聞 | 2021年6月12日(土) 12:30

 心を養った先に抱いた思いがある。「柔道があればそれでいい」。女子57キロ級で、初の五輪に挑む芳田司(コマツ、相原中出身)は言う。代表を逃したリオデジャネイロ五輪から5年。思うままに稽古ができないコロナ禍も、25歳は一心不乱に高みを目指してきた。メダル獲得が宿命づけられた日本柔道。「私がやることは決まっている」。機は熟している。

女子57キロ級決勝 サラレオニー・シシケ(右)を攻める芳田司=ドーハ(国際柔道連盟提供・共同)

 震えていた。2016年8月、リオデジャネイロ。芳田の脳裏には今もその光景が焼き付いている。

 同僚の田代未来の付き人として帯同した4年に1度の大舞台。「ずっとぶるぶるしていた」。ウオーミングアップ場から言葉にならない圧を感じていたという。

 「田代先輩もこれまでにないくらい緊張しているし、私はここを目指しているんだよなとか、いろんなことを考えていたら怖くなった」。追い求めるものの大きさにのまれていた。

 さかのぼること4カ月。自身は国内の選考レースで松本薫の後塵(こうじん)を拝していた。「実力的には挑戦できたと思うけど、気持ちの部分で乗れなかった。私より松本選手の方がいいって心のどこかで思っていた」。誰もが競技人生を懸けて挑む畳だ。振り返ればそこに甘えがあった。

 そして夏。57キロ級で松本が銅メダルを獲得した翌日、中学時代から背中を追い掛けてきた田代は63キロ級で5位に終わった。むせび泣く先輩の傍らで期する思いがあった。「私は切り替わっていて、次は絶対にと思っていた」。目の色は変わった。

 称賛と渇望が入り交じったリオからの5年。象徴的な勝ちと負けがある。

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