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高校最速ハードラー世界へ 古谷拓夢 陸上界の新星<4>

スポーツ | 神奈川新聞 | 2015年4月17日(金) 12:52

陸上部の旗を掲げる古谷。相洋高で技術が磨かれた=2014年、全国高校総体
陸上部の旗を掲げる古谷。相洋高で技術が磨かれた=2014年、全国高校総体

 「体はすでにできあがっていた。ただ、その分、周囲からはこれからの成長は果たしてあるのかと言われていた」

 2012年、古谷拓夢(18)=早大=が入部した相洋高陸上部の銭谷満監督(48)は当時の出会いをこう振り返るが、周りの心配とは別に、その荒削りなフォームの先に可能性を見いだしていた。見よう見まねで身につけたハードリングには決定的な悪癖があったという。

 左足を振り上げ、ハードルを飛び越える際、右手がどうしても顔の前に来てしまっていた。本来は右手を突き出して跳ぶのが基本だ。110メートルではハードルの高さが中学の91・4センチから15センチほども高くなり、「ハードルが高くなればなるほど力が上に逃げてしまう」と銭谷監督。第一に手を付けたのはフォーム修正だった。

 練習参加から数カ月。小さなハードルを幾度も幾度も飛び越えた。ひたすら続く反復練習。「ハードルを上から押さえつけるイメージで前に突き出す。体の開きがなくなり、ハードルに対して真っすぐ重心を持っていけるようになった」。古谷本人はこともなげに語るが、銭谷監督は苦笑する。

 「泣きながらでしたね。何度も何度も駄目だと言われて。ただ、私を信頼して、まじめに取り組んでくれた。その姿勢があったから先につながった」


 悪癖を直し、同年春の県高校総体110メートル障害で優勝。鮮烈なデビューはしかし、挫折の序章にすぎなかった。

 続く南関東大会準決勝でハードルに足を取られて敗退。1年時から全国高校総体(インターハイ)に出場し、3年で優勝という青写真はもろくも崩れ去った。

 「緊張はあったが、ちゃんとタイムを出せていたら(インターハイに)行けていた。精神面の弱さも力のなさもあった」。悔し涙が頬を伝った。

 その無念さが後の飛躍を促したことは疑いようがない。常に胸のうちで繰り返す言葉がある。「練習は試合のように。試合は練習のように」。1年の夏の敗戦が深く突き刺さっている。

 「意識して練習することで試合が変わる。普段やっていることがなければ試合で頑張れない。練習をしっかりやることで自信につながるし、その自信が最後の一押しになる」


 長く苦しい冬。走り込み、坂道ダッシュ、サーキットトレーニング-。黙々と、地味なメニューを繰り返した。「中学のときよりも体重が増えたし、しっかり走れるスタミナもついた」。1年間でウエートは7、8キロ増えた。体のラインは一回り太くなり、強引になりがちだった左足の振り上げもぐっと安定した。

 「1年の夏の悔しさがあったから今がある」。古谷は言う。技も、体も、そして心も。入学前とは比較にならないほど磨かれた。そして迎えた2度目の春。華々しい1年が幕を開けた。

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