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体操界の新星 白井健三(2)幼少期に才能開花

スポーツ | 神奈川新聞 | 2015年2月8日(日) 12:00

鶴見ジュニア体操クラブで遊ぶ幼少期の白井=横浜市鶴見区(父勝晃さん提供)
鶴見ジュニア体操クラブで遊ぶ幼少期の白井=横浜市鶴見区(父勝晃さん提供)

横浜市鶴見区に、白井健三(岸根高3年)の「ひねり」の原点がある。

父勝晃さん(55)が経営する鶴見ジュニア体操クラブ。同クラブは現在2カ所に自前の練習場所を構えているが、開業当初は高校の体育館を間借りしていた。それでも、所狭しと並んだ体操器具はいずれも本格的なもので、幼い白井が遊ぶ器具は限られていた。

「最初は体もまだふにゃふにゃ。できることといえば一番安全なトランポリンだった」。勝晃さんは懐かしそうに言う。ただ、跳びはねている三男の楽しそうな姿の記憶はおぼろげだ。

同クラブを始めたのは1999年、白井がまだ3歳のころ。「子どもの面倒を見る余裕なんて、とてもじゃないけどなかった」。レッスンを終えた両親が、疲れ果て沈んだトランポリンの上でぐっすりと眠っているわが子を抱きかかえ、帰宅するのが常だった。

ただ、母徳美さん(50)は「体操に触れる時間が、結果的に他の子よりも多くなった」と話す。6歳上の長男勝太郎(コナミスポーツク)、3歳上の次男晃二郎(日体大)の兄2人にくっつき、見よう見まねで動き回っていた白井。頭角を現したのは、まだ幼稚園に通っていた5歳の時だった。

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2001年11月、同市保土ケ谷区の保土ケ谷スポーツセンター。兄2人がそろって出場した体操の横浜市ジュニア選手権での出来事だ。

「なんでお兄ちゃんたちは出られるのに、僕だけ出られないの」。体育館の入り口で座り込み、駄々をこねた。小、中学生対象の大会に、幼稚園児の白井が出られるはずもなかった。

父と母がいさめても聞かなかったところ、様子を見ていた大会関係者が「特別に」と気を利かせてくれた。公式記録として扱われない「オープン参加」で出場。すると、白井は出場がかなう喜びを爆発させた。

小学生低学年の部の床運動でマークした8・00点は、優勝した晃二郎の6・50点をはるかに超えた。ただオープン参加のため表彰台はおろか順位もつかず、「なんで僕はもらえないの」とまた泣きはらしたという。

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鶴見女子高(現鶴見大付高)を20度も全国高校総体に導いた指導歴30年余の勝晃さんは、息子をあくまで選手として見て評する。「負けず嫌いだし、洞察力が半端じゃない。基本を教えなくても目で見ただけで、動きをまねて技ができる」。そしてこう続けた。「階段を3段飛ばしで駆け上がってしまう感じ。今まで才能ある選手をたくさん見てきたが、ここまでは初めて」

■しらい・けんぞう 両親が元体操選手で指導者である影響から3歳で競技をスタート。得意とする床運動で寺尾中時代の2011年、全日本種目別選手権で2位に入り、頭角を現す。世界選手権では13年に床運動で日本史上最年少の金メダルを獲得。14年の世界選手権でも団体と床運動で銀メダルに輝いた。3兄弟で長男の勝太郎がコナミスポーツクラブ、次男の晃二郎が日体大の選手。この春に日体大へ進学予定。岸根高3年。162センチ、51キロ。18歳。横浜市鶴見区出身、在住。

【神奈川新聞】

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