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「頭が真っ白」「言葉が出ない」 横浜高・渡辺監督勇退で

高校野球 | 神奈川新聞 | 2015年5月15日(金) 03:00

1998年、松坂、小倉清一郎コーチ(左)とともに笑顔を見せる渡辺監督
1998年、松坂、小倉清一郎コーチ(左)とともに笑顔を見せる渡辺監督

 甲子園で春夏通算5度の優勝を誇る高校野球の名将、横浜の渡辺元智監督(70)が今夏限りで勇退することが明らかになった14日、野球界には衝撃が広がった。野球部の選手たちがはつらつと練習する一方、多くの教え子や熱戦を繰り広げてきた指導者からは惜しむ声が上がった。


学校

 横浜市金沢区の横浜高長浜グラウンド。いつもならいるはずの名将の姿はなかった。渡辺監督は11日に横浜市内の病院に検査入院。それでも、ナインは投内連係など普段通りのメニューに約3時間、汗を流した。

 「学校から聞いた時は頭が真っ白になった。自分も教え子。監督のもとで10年、指導もした。父親のような存在です」。衝撃を受けながらも次期監督の平田徹部長(32)は心の動きを抑えるように、変わらずげきを飛ばした。

 選手たちは前日13日の練習後に伝えられた。「監督には甲子園が一番似合う。全員で連れて行こう」。平田部長からはそんな言葉があったという。主将の相川天河(3年)は「監督が最後の学年。絶対に甲子園に連れて行きたい」と夏を見据えた。

教え子


 いつか来ることは分かっている。でも-。プロの世界に巣立った教え子たちの横顔は一様に寂しげに映る。

 1998年に春夏連覇を遂げたエース、ソフトバンクの松坂大輔投手(34)は「(監督から今夏限りの退任を)聞いたときはあまりにもショックが大きくて、うまく言葉が出てこなかった」という。「最高の場所で最後を迎えてもらえるように選手たちには頑張ってほしい」とエールを送る。

 OBが多くいる横浜DeNAの選手らも気持ちを同じくする。松坂とともに戦った後藤武敏内野手(34)は「節目節目で監督の言葉を思い出すし、自分の力になっている」と語り、小池正晃外野守備走塁コーチ(34)は「監督から教わった『目標がその日、その日を支配する』という言葉は、今でも野球教室や小さな子どもに伝えている。野球人として、人として偉大な監督。自分も近づけるように精進したい」と言った。

 松坂らに憧れて入学してきた世代もまた複雑だ。筒香嘉智外野手(23)は「技術面から精神面まで教えてもらった」と感謝し、石川雄洋内野手(28)は「監督は(人として)良い方向に導いてくれた。最後は横浜高校らしく優勝してほしい」と願いを託した。

ライバル


 しのぎを削り合った指導者は、ねぎらいの言葉を並べた。

 98年夏の準決勝で八回から6点差を逆転された明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督(59)は春夏通じて3度対戦し、すべて敗れた。「甲子園で(渡辺監督が率いる)横浜とやって、勝ちたかった」と本音を漏らし「子どもの将来を考えていた。松坂君が17回を投げた後、試合を15回で打ち切ることを提案された」と功績をたたえた。甲子園大会歴代1位の63勝を誇る、68歳の智弁和歌山の高嶋仁監督は「同年代がどんどんいなくなるのはつらい」と悔しそうに語る。

 県内でしのぎを削った慶応の上田誠監督(57)は「県内監督にとって大きな目標。最初は1点を取るのがなかなか大変で、そのうち声を掛けてくださって。野球のことをたくさん教えてもらった」と寂しがる。今夏の神奈川大会ではノーシードの横浜に「全力で戦うことで恩返ししたい」と意気込んだ。


渡辺監督が不在の中、ダッシュに汗を流す横浜ナインと見守る平田部長(中央)=横浜市金沢区の横浜高長浜グラウンド
渡辺監督が不在の中、ダッシュに汗を流す横浜ナインと見守る平田部長(中央)=横浜市金沢区の横浜高長浜グラウンド

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