新型コロナウイルスの影響で春夏の甲子園中止に直面する現役球児に、80年近く前のつらい経験を重ね合わせる男性がいる。横浜商業学校(現横浜商高=Y校)出身の斉藤哲男さん(95)=横浜市南区=は第2次大戦中に野球も家族も失った。今夏の代替大会開催が決まり、「その時代に生きているからこそ、その一試合がある。無駄にしないでほしい」とエールを送る。
太平洋戦争の開戦が迫る1941年夏を、大正生まれの元球児ははっきりと覚えている。「当時は先生や先輩たちが出征し、野球部の部長が何人も代わっていった」
現在の高校3年に当たる旧制中学5年生。好打の一塁手として39~41年の神奈川大会3連覇に貢献した。戦況悪化により、続く南関東大会と甲子園中止が決まったが「気づいたら太平洋戦争の開戦に感激していた」。野球どころではないという風潮にはあらがえなかった。