伝説の剛腕も果たせなかった夢を、100回目の夏につかんでみせる。
慶応はこの春、2009年以来の選抜甲子園に出場したが、初戦で彦根東(滋賀)に逆転負け。エース生井惇己は、今もなお、あの一球を夏への教訓にしている。
1点リードの八回2死一、三塁。2ボール2ストライクと追い込んだ後だった。好リードで投手陣を支えてきた2年生捕手・善波力のチェンジアップのサインに、珍しく首を横に振った。
「変化球が入っていなかった。善波のサインに首を振るなんて、1試合のうち片手で数えるくらい。あそこは、自分の弱い部分が出てしまった」
最速142キロの速球の威力も落ちていた。真ん中に入ったストレートを、左翼席へたたき込まれた。ただぼう然と、天を仰ぐしかなかった。
この一戦を、剛腕と呼ばれたかつての「陸の王者」のエースが、ネット裏から見詰めていた。
1960年に慶応を戦後初めて選抜大会に導いた渡辺泰輔。慶大で東京六大学リーグ史上初の完全試合を達成し、南海ホークスでリーグ制覇にも貢献した右腕は、初めて見た生井に「本当にいいピッチャー。制球力を鍛えればまだまだ伸びる」と太鼓判を押した。