
慶応といえば「エンジョイ・ベースボール」。ポップな響きとは裏腹に、その本質はロックンロールだ。上田誠(60)は戦前から脈々と続いてきた旧来の高校野球を壊し、革命を起こそうと本気で挑んできた。
最高のステージはやはり、「10回やって1回勝てるかだと思っていた」という東海大相模を破り、46年ぶりの夏の甲子園を射止めた2008年の北神奈川大会決勝だった。上田が求め続けてきた理想のベースボールそのものを、選手が体現した。
4-6の九回表、代打普久原祐輔の安打を皮切りに追いついた。
上田が作った部訓には、こうある。
どんな相手でも、絶対に負けるのを嫌え。30対0で負けていても逆転すれば、世間はそれを奇跡というんだ
エンジョイとは勝敗度外視で楽しむことではない。勝つために過酷な努力をし、奇跡を起こす素地をつくるのが神髄だ。
試合は延長に入り十三回まで進んだ。慶応は十一回にスクイズ失敗で勝ち越しを逃していた。上田はベンチで即座に「俺が弱気になった」と謝り、選手たちは「なら俺らで取り返そうぜ」と切り返した。こんな風に自分たちで動いて野球をやれる選手をずっとつくりたかった。
そして十三回。救援マウンドに立った大田泰示(日本ハム)から福富裕(日本生命)が勝ち越し三塁打を放ち、続く山崎錬(JX-ENEOS)が2ランで試合を決めた。
部訓の最後はこう締めくくられている。
エンドレス(いつまでもやってやろうじゃないか)
その精神性を証言するのは、相手の大田だ。
「慶応のやつらは、最後まで本当に楽しそうに野球をやっていた」

九回から失点すればサヨナラ負けという極限状態を5イニングも耐え抜いた守り。スクイズ失敗を強振で取り返した攻め。何より9-6というスコア自体が、「点を取り合うスポーツ」の魅力を最大限引き出したと思った。
「大ピンチに遭遇する喜び。胃液が出るような状態を楽しむことこそが、野球の面白さだと教えてきた。選手はそれをやり抜いてくれた」
「軍隊式」を変える
湘南から慶大に進んだ。だが大学で遭遇した理不尽な決まりや体罰に心底嫌気が差した。