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名指導者編 92/100
桐蔭出身の名伯楽 桐蔭学園(上) 大久保秀昭(慶大)、善波達也(明大)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年5月28日(月) 02:00

左から、大久保秀昭(慶大)、善波達也(明大)
左から、大久保秀昭(慶大)、善波達也(明大)

 春夏合わせて11度の甲子園出場を誇る桐蔭学園出身の指導者が大学野球界で活躍している。明大・善波達也(1981年卒)、桐蔭横浜大・齊藤博久(84年卒)、慶大・大久保秀昭(88年卒)の3人だ。現役時代はいずれも捕手として活躍。「TŌIN」の伝統を受け継ぎ、後進を育てる名伯楽たちの思いとは-。

=敬称略
 桐蔭学園-慶大-日本石油(現JX-ENEOS)、そしてプロへ。華の東京六大学リーグと都市対抗大会でキャプテンや捕手として、そして監督としても頂点に立ち、アトランタ五輪では銀メダルを獲得した。今春も今月26日に六大学リーグを制したばかり。誰もがうらやむエリート街道を歩む大久保秀昭(48)にも、一つだけつかめなかったものがある。

 「あの時の俺たちは絶対、甲子園に行けると思ったよ」。日に焼けて黒光りするほおを緩めて31年前の夏を思い返し、今でもそう信じて疑わない。

 大久保が主将を務めた世代は、右の小桧山雅仁(元ベイスターズ)、左の萩原康(元シダックス)の左右両エースを擁し、県内では敵なしとみられていた。


3年夏の神奈川大会準々決勝。捕手大久保(右)が主将を務めた桐蔭は横浜商に延長戦で惜敗=1987年7月26日、保土ケ谷球場
3年夏の神奈川大会準々決勝。捕手大久保(右)が主将を務めた桐蔭は横浜商に延長戦で惜敗=1987年7月26日、保土ケ谷球場

 1987年春の県大会を制し、関東大会準決勝では直前の選抜大会で準優勝した関東第一に0-1で惜敗。「俺たちならPLと良い勝負ができる」。その春に全国を制した野村弘樹(元ベイスターズ)、立浪和義(元中日)らのPL学園との距離感を、肌で感じるほど自信を深めていた。

 しかし、最後の夏は神奈川大会準々決勝で終わった。立ちはだかったのは横浜商(Y校)だ。「あの時の相手は監督の古屋(文雄)さんだけじゃなかった。(コーチの)小倉(清一郎)さんもいたんだ」

 桐蔭は序盤から攻め立て、4-2の五回無死二、三塁で6番大久保がスクイズを決めた。さらに1死三塁。6点目を狙うサインは再びスクイズだったが、次打者が投球を大きく外され、三走が三本間で仕留められた。

 「土屋(恵三郎監督)さんが大好きなスクイズを外されて流れが変わった。当時は流れも何も分からなかったけど、野球を知れば知るほど、あのワンプレーの重みが分かる」

 延長十回、5-7の敗戦。“大久保世代”の入学直前に志村亮、関川浩一が出場し、卒業直後には下の代が選抜大会4強まで勝ち上がった甲子園の土を踏むことはなかった。「あの時代の桐蔭で一番強いと言われた自分たちが甲子園に行けなかった。しかも最後は、管理野球がのびのび野球に負けるんだから…」

悔しさ胸に強行サイン

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