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笑顔、熱狂、狂騒のパレード

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年4月14日(土) 02:00

興奮冷めやらぬ横浜スタジアムからそのまま伊勢佐木町へと繰り出したY校ナイン。古屋文雄監督のまな娘を先頭に、商店街を突き抜け、ついには同校まで約1時間の大パレードになった =79年7月29日、横浜市中区
興奮冷めやらぬ横浜スタジアムからそのまま伊勢佐木町へと繰り出したY校ナイン。古屋文雄監督のまな娘を先頭に、商店街を突き抜け、ついには同校まで約1時間の大パレードになった =79年7月29日、横浜市中区

 誇らしげなナインと、「おらが町」のヒーローをたたえる人々。勝利の凱旋(がいせん)行進もまた、高校野球を飾る一ページだ。1960年夏、61年春の法政二、70年夏の東海大相模、71年夏の桐蔭学園、73年春の横浜…。甲子園を制した彼らはオープンカーで伊勢佐木町などを通って母校へ帰った。

 珍しい「準優勝パレード」があったのは72年夏だ。秦野は前年の甲子園覇者・桐蔭学園を打ち破る快進撃で、神奈川大会決勝まで勝ち進んだ。


神奈川大会決勝に進出し、秦野市民を沸かせた“ハダコウ”(秦高)ナインが、準優勝旗を掲げて凱旋。街頭テレビが設置された大秦野駅(現在の秦野駅)前から商店街をパレードし、行く先々で拍手喝采のねぎらいを受けた=1972年7月31日、秦野市
神奈川大会決勝に進出し、秦野市民を沸かせた“ハダコウ”(秦高)ナインが、準優勝旗を掲げて凱旋。街頭テレビが設置された大秦野駅(現在の秦野駅)前から商店街をパレードし、行く先々で拍手喝采のねぎらいを受けた=1972年7月31日、秦野市

 テレビ神奈川が開局し初めて中継したこともあり、市内ではアンテナの注文が殺到。決勝で東海大相模に敗れたものの、ナインは多くの市民に出迎えられ、夕暮れの商店街を練り歩いた。

勝利の凱旋今昔

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