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全国のライバル編 54/100
怪物との巡り合わせ PL学園監督 中村順司

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年3月6日(火) 02:00

中村が最後の指揮を執り、横浜に逆転負けした選抜大会準決勝。8回表1死二、三塁、PL学園の三塁手古畑(上)の本塁送球が横浜の三走加藤(中央)の左肩に当たり、ボールが転々とする間に2者生還=1998年4月、甲子園(共同)
中村が最後の指揮を執り、横浜に逆転負けした選抜大会準決勝。8回表1死二、三塁、PL学園の三塁手古畑(上)の本塁送球が横浜の三走加藤(中央)の左肩に当たり、ボールが転々とする間に2者生還=1998年4月、甲子園(共同)

 「僕の甲子園はもう終わっていたんですよ」

 PL学園(大阪)を春夏6度の日本一に導いた中村順司(71)はそう前置きしてから、1998年春を回想した。最後は準決勝で松坂大輔(中日)を擁する横浜に逆転負け。球史に残るその夏の延長17回へと続く「第1幕」を、特別な思いで迎えていた。

 当時51歳だった中村は大阪大会準々決勝で敗れた前年夏、3年生だった長男の引退という節目もあり、学校の母体のPL教団トップに退任の意向を伝えていた。だが、高校球界を代表する名将の直後とあって肝心の後任が決まらない。暫定的に指揮を執った秋季大会で選抜切符をつかんでいた。

 開幕前からスポーツ各紙が大々的に「勇退」を報じる中、初戦は開会式直後の開幕試合に決定。通算16度の甲子園で初めての経験だった。

 「あの時の僕はマイナス思考で『PL最短の甲子園』になったら大変だなと」。神経性の下痢に悩まされ、眠れぬ夜を過ごしたと明かす。樟南(鹿児島)を5-1で下して肩の荷を降ろし、「あの時点で僕の甲子園は終わっていたんです」と繰り返した。

「もう、どうしようもないと思っていた」

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