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全国のライバル編 53/100
限界超えた一戦 鹿児島実 定岡正二(下)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年3月5日(月) 02:00

延長十五回、鹿児島実の定岡が東海大相模の山口を見逃し三振に仕留め、3時間38分の激闘に終止符を打った =1974年8月17日、甲子園
延長十五回、鹿児島実の定岡が東海大相模の山口を見逃し三振に仕留め、3時間38分の激闘に終止符を打った =1974年8月17日、甲子園

延長十五回、鹿児島実の定岡が東海大相模の山口を見逃し三振に仕留め、3時間38分の激闘に終止符を打った =1974年8月17日、甲子園
延長十五回、鹿児島実の定岡が東海大相模の山口を見逃し三振に仕留め、3時間38分の激闘に終止符を打った =1974年8月17日、甲子園

 1974年夏の甲子園大会第9日。準々決勝第4試合の鹿児島実-東海大相模は九回までに決着がつかず、ナイターの延長戦へとなだれ込んだ。

 この日は台風14号の影響で朝から雨が降り続き、甲子園は最悪のコンディションだった。しかし鹿実エースの定岡正二は「逆に天が僕に味方してくれた」と振り返る。「それまでの試合はかんかん照りで、僕もバテバテだった。雲が出て涼しくなり、ナイターにもなって力が湧いてきた」

 この夏、鹿児島大会の地区予選からほぼ1人で投げ抜いてきた。本大会でも初戦2回戦の佼成学園(西東京)、3回戦の高岡商(北陸)を連続完封していた。

 ただ、大会屈指の好投手は地区大会で腰を痛めていたという。甲子園でも注射とハリを打ちに通院。食事が喉を通らず体重も落ち、「腰痛というか満身疲労。今みたいに(投手が)3人も4人もいないので。初戦を1-0で勝って、これで鹿児島に帰れるなと思っていたぐらいで」。1勝できたことに満足感があったほど、体の状態は限界に達していた。

サガミ戦は「別の自分」がいた

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