
2012年8月9日。桐光学園の松井裕樹(22)はこの日、100年を超える高校野球史の1ページとなった。
甲子園の1回戦。第3試合に登場した2年生左腕は聖地のマウンドを純粋に楽しんでいた。その様は全国49代表校のエースの一人。ただ一つだけ違ったのは、目を疑いたくなるような変化球を持っていることだった。
一回、三振、三振、四球、三振。140キロ超の速球と大きく曲がり落ちるスライダーにスタンドはざわめき、今治西(愛媛)の選手は狐につままれたように、ダッグアウトへと戻っていく。
三回、ようやく打球が前に飛ぶ。六回、初ヒット。だが、そのとき既に試合の関心は果たしていくつ三振を重ねるかに絞り込まれていた。
右翼手だった水海翔太(法大)は振り返る。「相手のアルプス席に一番近い所を守っていたから、どんどん静かになっていくのが分かるんです」。自軍のエースが三振を取るのはいつものこと。ただ、快挙にはまだ気付いていない。
139球目、最後の打者も空振り三振で締め、松井はぺろりと舌を出した。大会新記録22個目の三振だった。