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現役ヒーロー編 33/100
宿命と夢想と、現実と 東海大相模 菅野智之(上)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年2月3日(土) 02:00

高校2年夏、慶応藤沢との4回戦で3失点を喫して先輩捕手に声を掛けられ、苦笑する菅野。この日は叔父の原辰徳の誕生日だった=2006年7月22日、平塚球場
高校2年夏、慶応藤沢との4回戦で3失点を喫して先輩捕手に声を掛けられ、苦笑する菅野。この日は叔父の原辰徳の誕生日だった=2006年7月22日、平塚球場

高校2年夏、慶応藤沢との4回戦で3失点を喫して先輩捕手に声を掛けられ、苦笑する菅野。この日は叔父の原辰徳の誕生日だった=2006年7月22日、平塚球場
高校2年夏、慶応藤沢との4回戦で3失点を喫して先輩捕手に声を掛けられ、苦笑する菅野。この日は叔父の原辰徳の誕生日だった=2006年7月22日、平塚球場

 それはもう「何とも冴(さ)えない試合」としか、言いようがなかった。

 2006年7月22日。2年夏の神奈川大会、4回戦だ。今や球界のエースと称される東海大相模の菅野智之(28)は、慶応藤沢を相手に先発し、5回を8安打3失点で降板した。11-3の七回コールドと結果的に大勝したが、当人が納得するわけがなかった。

 翌朝、愕然(がくぜん)とする。スポーツ新聞各紙を自分が飾っているのだ。派手な見出しが躍っていた。

 巨人・原監督の誕生日に、甥(おい)っ子が勝利をプレゼント-。

 22日は、叔父のバースデーだった。

 「全然良いピッチングでも何でもないのに、それでしたからね。うわあ、とんでもないと恐ろしくなりました。改めて、本当に原辰徳という存在はすごいんだなと思いましたね」

 菅野は高校時代の一番悔しい思い出として、この一戦を挙げる。すべてを差し置いて「原の甥というキャラクター」が優先される現実に、16歳の少年は傷ついた。

 もとより、覚悟していたことではあった。

覚悟していた宿命

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