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スーパースター編 29/100
いつかまたこの仲間で 横浜高校 松坂大輔(中)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年1月30日(火) 02:00

高3春の関東大会決勝は、横浜・松坂(左手前)、日大藤沢・館山(右から4人目)が譲らぬ投げ合いで延長十三回の激闘となった=1998年5月20日、大宮公園野球場
高3春の関東大会決勝は、横浜・松坂(左手前)、日大藤沢・館山(右から4人目)が譲らぬ投げ合いで延長十三回の激闘となった=1998年5月20日、大宮公園野球場

 平成の怪物と県内でしのぎを削った松坂世代の誰もが信じていた。

 「松坂大輔はこのままでは終わらない」

 横浜と高校時代に最も多く投げ合った日大藤沢のエース、館山昌平(ヤクルト)は、昨年末の時点でそう予言していた。

 「大輔はね、いい意味で常に度肝を抜いてくれる。高校、西武でのデビュー戦、大リーグでも、WBCだってそう。今度もすごいことをやってのけるんじゃないかな。そうであってほしい」

 館山自身はプロ16年目のシーズンに向け、9度目となる手術を右肘に受け、復活を期してリハビリ中だ。計150針を超える手術痕が痛々しい。


館山昌平(たてやま・しょうへい) 投手。日大藤沢-日大-ヤクルト。プロ入り後にサイドスローに転向し、2009年には最多勝のタイトルを獲得。厚木市出身。
館山昌平(たてやま・しょうへい) 投手。日大藤沢-日大-ヤクルト。プロ入り後にサイドスローに転向し、2009年には最多勝のタイトルを獲得。厚木市出身。

 松坂を擁した横浜は2年秋から公式戦で負けなかった。最後の大会となった国体まで無傷の44連勝。日大藤沢は2年秋の県大会決勝、関東大会決勝、3年春の関東大会決勝で3度、無敵の王者の前に敗れた。

 松坂をライバルと感じたことはなかったという。「高校から本格的に投手を始めた俺にとって一番の教材だった」。同じマウンドに立つと、踏み出した足跡やプレートの位置、スパイクの刃の並び方まで観察していたこともあった。

 3年春の関東大会決勝では松坂と投げ合い、延長十三回まで持ち込みながらも及ばなかった。13回1失点の館山に対し、松坂は150球、19奪三振で完封。「3度も試合をして、3度とも勝ちきれなかった。とんでもない化け物だったけど、他の県に行ってくれとか思ったことはない。本当にすごいなって」

 畏敬の念を抱いたのは、後に西武で同僚となる鎌倉学園の長田秀一郎も同じだった。初めて言葉を交わしたのは2年夏の開会式だった。

 「写真撮ろうよ」。怪物が話し掛けてくれた。「有名人として、こっちが一方的に知っていた感じでした」。加納大祐(専大-シダックス-パナソニック)との二枚看板で甲子園に近いといわれたチームは結局、横浜と戦う機会に恵まれなかった。「一度は対戦したかった。だから、生で投球を見たのはたぶんプロに入ってからだよね」

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