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スーパースター編 27/100
「ダサい俺」乗り越え 藤嶺藤沢 石井貴

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年1月28日(日) 02:00

背番号10を背負ってマウンドに立つ石井。甲子園が懸かる2年秋、3年夏とともに県立校相手に敗戦という不本意な結果に終わった 
背番号10を背負ってマウンドに立つ石井。甲子園が懸かる2年秋、3年夏とともに県立校相手に敗戦という不本意な結果に終わった 

背番号10を背負ってマウンドに立つ石井。甲子園が懸かる2年秋、3年夏とともに県立校相手に敗戦という不本意な結果に終わった 
背番号10を背負ってマウンドに立つ石井。甲子園が懸かる2年秋、3年夏とともに県立校相手に敗戦という不本意な結果に終わった 

 打者に、体ごとぶつかっていくようなピッチングだった。打ち取れば、あらん限り吠(ほ)えた。「投げる金剛力士像」。そんなふうに呼ばれていたこともあった。

 2004年の日本シリーズでは西武を優勝に導き、MVPにまで輝いた石井貴(46)の口からは、イメージとは懸け離れた言葉ばかりが出てきた。

 「中学と高校なんて、良い思い出が一つもない。なんて言うんだろう。当時の自分は、とにかく『諦めが早い、ダサいやつ』でしたね。それじゃ駄目だとうっすら分かっているのに、そういう態度を出しちゃう。本当にダサかった」

 将来はタクシー運転手になろうと思っていた。プロ野球選手だなんて、口が裂けても言えなかった。


少年野球時代の石井。中学校ではレギュラーにすらなれなかった
少年野球時代の石井。中学校ではレギュラーにすらなれなかった

 綾瀬市の城山中では3年の時に県大会優勝を果たしている。

 「でもね。俺は背番号すらもらっていないんですよ。スタンドで応援です」。そんな選手が、1985年に夏の甲子園に出場して強豪の仲間入りを果たした藤嶺藤沢に進めたのは、ひとえに縁だった。

県立校に負けた

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