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スーパースター編 21/100
“トレンディー”の反骨心 桜丘 阿波野秀幸

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年1月22日(月) 02:00

1年秋から背番号1を背負い、屈指のサウスポーへと成長していった=1980年秋(阿波野秀幸氏提供)
1年秋から背番号1を背負い、屈指のサウスポーへと成長していった=1980年秋(阿波野秀幸氏提供)

1年秋から背番号1を背負い、屈指のサウスポーへと成長していった=1980年秋(阿波野秀幸氏提供)
1年秋から背番号1を背負い、屈指のサウスポーへと成長していった=1980年秋(阿波野秀幸氏提供)

 1982年夏の大会誌をめくると、東海大相模の名将、原貢が神奈川大会を展望し、こう発言している。「公立にいい投手がいるし、本当に分からない。一番素質があると思うのは桜丘の投手-」

 タテジマの勝負師が一目置いたエースの名は阿波野秀幸。私学の強大な戦力、絶頂期にあった横浜商(Y校)を向こうに回し、細身なサウスポーが勇名をはせていた。

 「横浜、東海、法政二、桐蔭、この辺は相当困難なチーム。いかに勝つかという努力が後につながった。Y校は同じ公立校だからライバルだった」

 体格で、環境で勝る相手をいかに打ち破るか。近鉄で女性人気を集めて“トレンディーエース”と呼ばれ、時代の寵児(ちょうじ)となった左腕の原点は、爽やかな見た目とは裏腹な泥くさい反骨心だった。


3年夏の1回戦で大沢を相手に力投した阿波野。最後の夏は4回戦で涙をのんだ=82年7月、等々力球場(大西浩司氏提供)
3年夏の1回戦で大沢を相手に力投した阿波野。最後の夏は4回戦で涙をのんだ=82年7月、等々力球場(大西浩司氏提供)

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