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スーパースター編 14/100
83年選抜決勝を振り返る 横浜商 三浦将明(下)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年1月15日(月) 02:00

紫紺の大優勝旗を懸け、激闘を演じたY校・三浦将明(左)、池田・水野雄仁の両エース。30年以上の時を経てもなお固い絆で結ばれている
紫紺の大優勝旗を懸け、激闘を演じたY校・三浦将明(左)、池田・水野雄仁の両エース。30年以上の時を経てもなお固い絆で結ばれている

紫紺の大優勝旗を懸け、激闘を演じたY校・三浦将明(左)、池田・水野雄仁の両エース。30年以上の時を経てもなお固い絆で結ばれている
紫紺の大優勝旗を懸け、激闘を演じたY校・三浦将明(左)、池田・水野雄仁の両エース。30年以上の時を経てもなお固い絆で結ばれている

 1983年の選抜大会決勝でしのぎを削った横浜商(Y校)と徳島・池田。三浦将明、水野雄仁の両エースら当時のナインが昨年末に再会し、激戦を語り合った。三浦にとって転機となった大一番。甲子園夏春連覇を飾った池田ナインはどのような思いを抱いていたのか-

=敬称略

カーブ絶対打てなかった


 -池田は前年夏の優勝校。Y校は、どんな気持ちで決勝に臨んだのですか。

 三浦 試合前は山びこ打線というのは実感できなかった。「なんだよ偉そうに」と。で、打たれて、これかというのが春の選抜だった。対策もくそもない。全力でぶつかるしかないと思っていた。先行されて逆転ていうのは準決勝の明徳(高知)戦くらいしかないでしょ?


 水野 そう、逆転は明徳ぐらい。だいたい先行逃げ切り。

 三浦 8-0とかそんな試合ばかり。水野は地方大会から自責点ゼロだろ? ありえない。

 水野 (前年夏に)畠山さんで優勝しているから、その後で負けちゃいけないっていうのがあった。春の甲子園に出て帝京(東京)に勝った時にいけるなって思った。

 三浦 帝京はうちも春の関東大会で初回に3点取られてすごいチームだと思った。

 水野 監督の前田(三夫)さんが初めて甲子園で(優勝を)狙えるなってチームをつくって負けたから、その後前田さん1カ月くらい池田に来てた。蔦(文也)監督に弟子入りみたいな。

 三浦 あの時、池田は練習でタイヤ抱えたりしてたじゃん。俺たちもまねしたもん。


 -池田打線の三浦投手対策はどうでしたか。

 水野 うちは畠山さんと俺が投げて練習しているから真っすぐにはみんな強い。(三浦は)140キロ出ていたからむきになって来ていたと思うけど、カーブを多投していたら面白かったと思う。最後(夏の決勝)も桑田(PL学園)のカーブにやられたもんな。

 井上 カーブはみんな苦手だった。三浦のカーブだったら絶対打てなかったな。

 三浦 そんなこと考えたこともなかったよ。

 水野 でも俺は(Y校に)打たれそうなイメージはなかった。負けはしないなと。ヒットも2、3本くらい?

 三浦 2本。だって帰ってくる連中が「消えた」っていうんだもん。スライダーが。


池田の「山びこ打線」に屈した1983年選抜大会。準優勝旗の悔しさがY校ナインを変えた
池田の「山びこ打線」に屈した1983年選抜大会。準優勝旗の悔しさがY校ナインを変えた

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