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スーパースター編 7/100
ニュータイプ現る 桐蔭学園 高橋由伸(上)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年1月8日(月) 02:00

高校2年の夏、神奈川大会決勝では救援のマウンドにも上がり、優勝投手となってガッツポーズをする高橋=1992年7月、横浜スタジアム
高校2年の夏、神奈川大会決勝では救援のマウンドにも上がり、優勝投手となってガッツポーズをする高橋=1992年7月、横浜スタジアム

高校2年の夏、神奈川大会決勝では救援のマウンドにも上がり、優勝投手となってガッツポーズをする高橋=1992年7月、横浜スタジアム
高校2年の夏、神奈川大会決勝では救援のマウンドにも上がり、優勝投手となってガッツポーズをする高橋=1992年7月、横浜スタジアム

 高校野球界に出現したニュータイプのスターだった。

 野球に青春のすべてを懸ける-。そんな汗と泥にまみれた「球児像」とは一線を画す少年が桐蔭学園にやってきたのは1991年、年号が平成に変わって3年目の春だった。

 高橋由伸(42)にとって、野球は全てではなかった。「僕の場合、親であったり、周りに求められてやっていた感じが強かった。特に中学、高校くらいまではそうでしたね」。神奈川を沸かせ、甲子園で輝き、平成時代のジャイアンツの象徴とも言える存在の、偽らざる本心だ。

 高校進学時に野球をやめようとしていたという。「千葉の田舎で育って、周囲に甲子園に出た人はもちろん、プロになった人なんていない。狭い世界しか見ていなかった。正直厳しい練習もあったので、もう別に続けることもないかなと」

 千葉ジャガーズでプレーした中学時代にはポニーリーグで、2年連続全国優勝を果たした。猛練習により、野球は「好きだけどつらい」という存在になっていた。

 ただ、名門チームのエースで4番を、強豪高校が放っておくわけがなかった。桐蔭学園もその一つ。決め手が野球はもとより同校の文武両道の校訓にあったあたりも、高橋らしい。本人はその選択を「桐蔭に来たことが、自分の世界を広げるきっかけになった」と振り返る。

 やってみれば、明らかにものが違った。寮で部屋長として高橋を預かった現桐蔭監督の片桐健一は、初めて見たときの印象を忘れもしない。高橋の打撃を見て、「こいつが、スーパールーキーなんだな」と一瞬で分かったという。


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