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スーパースター編 3/100
星の下に生まれて 東海大相模 原辰徳(下)

高校野球 | 神奈川新聞 | 2018年1月4日(木) 02:00

ファンに囲まれながら球場の外を歩く辰徳。みなカメラを手にしている
ファンに囲まれながら球場の外を歩く辰徳。みなカメラを手にしている

ファンに囲まれながら球場の外を歩く辰徳。みなカメラを手にしている
ファンに囲まれながら球場の外を歩く辰徳。みなカメラを手にしている

 無類の実力に加え、端整な顔立ちと爽やかな言動。夢を追うために、父からのしごきを堪える「巨人の星」的な要素。原辰徳が持つ多面的な魅力は、とんでもないフィーバーを巻き起こした。


保土ケ谷球場の外で辰徳らが出てくるのを待ち受ける人々。少年や女性の姿が多い。
保土ケ谷球場の外で辰徳らが出てくるのを待ち受ける人々。少年や女性の姿が多い。

 東海大相模、東海大卒業まで7年を一緒に過ごし、辰徳の巨人監督時代は専属広報まで務めた津末英明が振り返る。「土日になると、ただの練習でも人があふれて学校内にある寮までの道が通れない。多い時は3千人も来たと聞いた」

 おおらかな時代も手伝ってのことだが、明らかに異常だ。「人気公害に苦しむ辰徳クン」。当時の神奈川新聞紙面には、この表現が何度も使われている。

 校外の人が来る文化祭に野球部は参加禁止。甲子園の宿舎でも外出は厳禁。混乱を避けるための我慢だったが、ナインには良いこともあったという。当時の主将、山口宏が笑う。


津末英明氏(写真左)と山口宏氏(写真右)
津末英明氏(写真左)と山口宏氏(写真右)

 「僕も3年間でファンレターが段ボール1箱分になった。チームでは3位ですね。自分の子どもに見せるつもりで取っておいた」

 津末は、高校から今に至るまで辰徳を最もよく知る一人だ。

 「高校の時はあいつが3番で僕が4番。いつも一番良い席で、あいつのすごさを見てきました」


高校2年夏の甲子園、宿舎でのオフショット。辰徳が子どもたちとじゃれあっている
高校2年夏の甲子園、宿舎でのオフショット。辰徳が子どもたちとじゃれあっている

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