1. ホーム
  2. スポーツ
  3. 野球
  4. ベイスターズ
  5. 「逆境こそ覚醒の時」 今永昇太(ドラフト1位◆投手)

ルーキー次世代の星10選手
「逆境こそ覚醒の時」 今永昇太(ドラフト1位◆投手)

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2016年1月23日(土) 10:27

1年目から活躍が期待される左腕今永=横須賀市長浦町のベイスターズ総合グラウンド
1年目から活躍が期待される左腕今永=横須賀市長浦町のベイスターズ総合グラウンド

 横浜DeNAに今シーズン、10人のルーキーが加わった。球団初の2年連続新人王も狙える逸材がそろう。初のクライマックスシリーズ(CS)に導くであろう頼もしい即戦力や、将来性豊かな新鋭の横顔を紹介する。


今永昇太(投手)

 最後の打者を見逃し三振に仕留めると、両腕を突き上げたエースを中心に歓喜の輪が広がった。

 2014年10月21日。駒大の今永昇太は01年秋以来27度目の東都リーグ制覇を懸けた中大との大一番で完投し、江越大賀(現阪神)の本塁打などで奪った3点を守り抜いた。

 9回5安打1失点。この秋に挙げたチームの10勝のうち、実に7勝を収めた。「優勝することはうれしいけど、こんなに苦しいんだ。へろへろになりながら、勝つことの難しさを知った」。1年前の13年秋には1、2部入れ替え戦に出場するという低迷期を乗り越えてつかんだ栄冠だけに、勝利の味は格別だったという。

 続く明治神宮大会でも3試合で防御率0・64をマーク。01年以来の日本一に輝いた。翌15年のドラフト会議の目玉として、周囲が騒がしくなるのも当然だった。

アマナンバーワン左腕


 「アマナンバーワン左腕」。野球専門誌などで取り上げられる一方で本人は戸惑っていた。「自己評価と周囲の評価のギャップがすごくて書かないでくれよという感情だった。まだまだ他を圧倒できていない」。確固たる自信がまだ持てない左腕に、アクシデントが襲ったのは最終学年のシーズン直前だった。

 今でこそ全国的に知られるサウスポーだが、高校までは無名の存在だった。5歳のときにソフトボールを始め、中学時代は軟式野球でプレー。進学校の福岡県立北筑高で初めて硬式球を握り、その才能の一端をのぞかせた。高校3年時に144キロを計測。プロのスカウトの注目を集めたが、最後の夏は福岡大会4回戦で散った。

 「高校から下位指名でプロに行くよりも、しっかり力を付け、人間的にも成長した方がいい」。プロ志望届は出さず、志を高く持って入学したリーグ歴代2位の優勝回数を誇る駒大で才能は一気に花開いた。

大きな故障で味わった苦しみ


 2年春からエースとなり、3年秋にリーグ制覇と明治神宮大会優勝。だが、最後のシーズンを迎える15年3月下旬に大きな故障を負った。

 左肩腱板(けんばん)炎症の影響で春は登板なしに終わり、秋も登板は6試合にとどまり、1勝もできなかった。ボールの握りも正直分からなくなるほど苦しんだ。

 それでも、締め切りの2日前にプロ志望届を提出したのは「ここがゴールではない」と考えたから。高校時代の恩師の言葉が胸にあった。

逆境こそ覚醒の時


 「逆境こそ覚醒の時」。北筑高で教えを受けた井上勝也監督の言葉を大事にしてきたからこそ今があるという。

 ドラフト指名後の東都リーグ1、2部入れ替え戦3回戦。ヤクルトから1位指名を受けた原樹理(東洋大)との対決に六回途中9失点で敗れ、11季ぶりの2部転落を味わったが、気持ちは落ち込んではいない。

 「原は1部に上げて男になった。僕は駒沢を2部に落としたが、その自分を正解にするための答え合わせは10年後。あの試合、あの負けがあったからと言えるようにしないといけない」

 現在は大隣憲司(ソフトバンク)を参考にフォームの改造に取り組んでいる。左肩に力が入る悪癖を直すための挑戦は、球団の期待に応えるだけでなく、将来の答え合わせを見据えてのものだ。

 「しっかりやって、自然と応援されるような選手になりたい。『応援よろしくお願いします』、そういうのはあまり好きではないので」。覚醒の時は自分の手で手繰り寄せる。 

 今永 昇太(いまなが・しょうた) 投手。福岡県北九州市出身。福岡・北筑高-駒大。甲子園の出場はないが、大学2年春からエースとして活躍し、同3年秋には26季ぶりのリーグ制覇に貢献した。178センチ、80キロ。左投げ左打ち。背番号21。22歳。

ドラフト会議に関するその他のニュース

ベイスターズに関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

野球に関するその他のニュース

アクセスランキング