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ルーキー~飛躍誓う8選手~〈5〉山下幸輝

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2015年1月27日(火) 03:00

ルーキーイヤーから先発定着を見据える山下幸
ルーキーイヤーから先発定着を見据える山下幸

◇先発定着へ結果残す(ドラフト5位/内野手)

鋭い打球が、一直線に甲子園の右中間スタンドまで伸びていった。2010年8月14日。全国高校野球選手権2回戦の石川・遊学館高戦で、関東一高のリードオフマン、山下幸輝(国学院大)は二回に2点本塁打を放った。

「打球が飛ばないからバントの練習だけやってろ」。入学時、体重53キロと同級生に比べてひときわ細く、コーチから無遠慮な言葉を投げ掛けられていた打者は、もりもり食べて大きくなった。

どんぶり飯6杯が一日のノルマ。食べ過ぎて吐いてしまうこともしばしばだった。それでも最後の夏を迎えるころには体重は68キロに増し、高校2年の春まで80メートルだった遠投は120メートルまで延びた。

準々決勝の千葉・成田高に敗れるまで甲子園で4試合を戦い、16打数9安打2本塁打。「大学で頑張ればプロに入れるかもしれない」と手応えをつかんだ。

いつかプロ野球選手に-。それは母と生前に交わした約束だった。

○○○

7歳上の兄和輝さんの背中を追うように始めた野球。母春代さんは幼いころから付き添い、応援してくれていた。

小学6年の夏だった。自分の試合を観戦していた春代さんがくも膜下出血で倒れた。「大丈夫、大丈夫」と周りは言ったが、約1週間後に亡くなった。42歳だった。

それから野球少年はより一層、練習に励むようになった。国学院大でも1年春から三塁手として先発の座をつかんだ。

最終学年では部員100人超を率いる主将を任された。4月の東都リーグ、亜大戦ではドラフト1位指名される山崎康晃からサヨナラ満塁本塁打を放ち、勝負強い打撃も見せつけた。

その春にはベストナインにも初選出。「4年間で成長できた。これでプロに行けなかったらしょうがない。自分がやるべきことはやってきた」。あの夏から続けた努力が5位指名に実った。

○○○

31日に22歳になる原石は今、新人合同自主トレーニングで抜群の存在感を放っている。3000メートル走や山登りで他の新人を引き離し、アピールに成功している。ただ自分を見失ってはいない。

「開幕スタメン、そのためにどう準備をするのか。プロの世界に飛び込んだら、ベテランもドラフト1位も5位も関係ない。過程を大事にしながら結果を残したい」

約束を果たし、目標はさらに大きくなっている。「20年後まで現役でいたい。40歳ではなく、42歳を目指したい。お母さんが亡くなった年齢だから」。寮の部屋に飾ってある、母との大事な1枚の写真にそう誓いを立てている。

山下 幸輝(やました・こうき) 内野手。千葉・君津市出身。東京・関東一高-国学院大。高校3年夏に甲子園に出場し、4試合で打率5割6分3厘、2本塁打をマーク。国学院大では1年春から三塁手としてレギュラーとなり、4年で主将を務めた。173センチ、72キロ。右投げ左打ち。背番号38。21歳。

【神奈川新聞】

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