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ルーキー~飛躍誓う8選手~〈1〉山崎康晃

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2015年1月22日(木) 03:00

新人王獲得を狙うドラフト1位の山崎=横須賀市長浦町のベイスターズ総合グラウンド
新人王獲得を狙うドラフト1位の山崎=横須賀市長浦町のベイスターズ総合グラウンド

誇り胸に 新人王挑む(ドラフト1位/投手)

 横浜DeNAに今シーズン、8人のルーキーが加わった。球団初となるクライマックスシリーズ(CS)へと導く期待の即戦力や、チームの次代を担う将来性豊かな逸材がそろった。希望に満ちあふれる精鋭の横顔を紹介していく。

 その日、山崎康晃(亜大)は初めて挫折を知った。2010年10月28日、ドラフト会議は午後5時からスタートした。野球部の仲間とともに教室で見守っていた。

 東京・帝京高2年夏に甲子園を踏み、デビュー戦で147キロをいきなり計測。1番を背負った最後の夏こそ甲子園には届かなかったが、自慢のストレートはスカウトの目にも留まったはずだ。志望届を出すのに迷いなどなかった。

 母への思いもあった。小学3年生の頃、両親が離婚。フィリピン人の母ベリアさんに女手一つで姉とともに育てられた。

 「早くプロになって、母親に楽をさせてあげたい」。しかし、その夢は打ち砕かれた。最後まで自分の名は呼ばれなかった。「帝京に入学して甲子園にも出られた。ずっと思い描いたことが実現できていたけど初めてレールから外れた」

 失意の右腕に連絡があったのはドラフトから数日後だった。東都リーグの強豪、亜大からの誘いだった。

 金銭面で再び大きな負担を掛けることは分かっていた。だが、心が動いた。「何とか4年後にプロに行きたい。一から野球を学びたい」。母は快くうなずいてくれた。

 今度こそ-。そんな気持ちが突き動かした。同部屋だった2学年上の東浜巨(ソフトバンク)や1学年上の九里亜蓮(広島)のようになりたい。右腕を毎日のように振った。1日500球近く投げ込んだ日もあった。

 1年春。デビュー戦で149キロをマークした。3年生になると、押しも押されもせぬエースにまで成長した。

 その年の夏には日米大学選手権に出場。リリーフで4試合を無失点に抑え、最優秀投手賞を受賞した。秋には明治神宮大会で3試合に救援登板。計1失点の好投で7年ぶりの日本一に貢献するなど実績を積み上げた。

 「速い球もないし、体も大きいわけでもない。何も根拠はないけど、自分に言い聞かせて成功するイメージをつくり上げてきた」。いつしか東都リーグのナンバーワン右腕と呼ばれていた。

 14年10月23日、あのドラフトから4年。神宮球場での公式戦を終えて、会見が開かれる大学に向かうバスの車内で1位指名の吉報が届いた。

 その日、実家に足を向けた。母と姉の麻美さんが笑顔で迎えてくれた。「良かったね」。家族が喜んでくれたことが心底うれしかった。

 まだ慣れないサインの横に必ず「誇」の一文字を書き込んでいる。「今まで家族や仲間のために誇りを持ってプレーしていた。プロになってもその気持ちを忘れず、自分自身の胸にも誇りを刻めるように」

 ストレートの最速は151キロ。カーブ、スライダー、カットボール、ツーシームなどに加えてナックルもある。持っている武器は申し分ない。目標は1年目からのフル回転、そして「新人王が取りたい」。投手としては1977年の斉藤明雄以来の最優秀新人のタイトルへ-。次の夢もかなえてみせる。

○山崎 康晃(やまさき・やすあき) 投手。東京都荒川区出身。東京・帝京高-亜大。高校2年夏と3年春、甲子園に出場。大学1年春から登板し、同3年から主戦として東都リーグ6連覇などに貢献した。177センチ、83キロ。右投げ右打ち。背番号19。22歳。


【神奈川新聞】

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