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【Bレコード】OB編<1>石井琢朗
5度の全試合出場 貪欲に結果求め偉業

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2020年5月19日(火) 05:00

 70年超の球団史に刻まれた個人記録を伝える「Bレコード」。現役選手に続き、偉大なタイトルを獲得してきた往年の名プレーヤーを紹介する。


4度のゴールデングラブ賞に輝き、名手としてベイスターズ内野陣を支えた=2005年、横浜
4度のゴールデングラブ賞に輝き、名手としてベイスターズ内野陣を支えた=2005年、横浜

 石井琢朗の生きざまは「反骨」そのものだった。ドラフト外からはい上がり、球団最多の2307安打、355盗塁。1994年から2006年までに5度の「全試合出場」という偉業も残した。

 1989年、足利工高(栃木)から投手で入団。1年目に初先発初勝利という快挙を遂げ、「桑田二世」と称されたが、92年から内野手に転向した。同年から三塁の定位置を奪うと94年に初のフル出場。挫折を乗り越え、不動のリードオフマンまで上り詰めた。

 ハイライトは38年ぶりに頂点に輝いた98年の日本シリーズ初戦だ。初回のセーフティーバントと二盗は、今でもファンの語り草となっている。

 円熟味の増した2000年代、チームは低迷期に突入した。自身も03年に大スランプで野手に転向して初の2軍落ちを経験。引退の2文字も頭によぎったという。誰にも負けない練習量で、結果を貪欲に求め続けた。


野手転向1年目から59安打を放つなどたゆまぬ努力を重ねた=1992年、横浜
野手転向1年目から59安打を放つなどたゆまぬ努力を重ねた=1992年、横浜

 世代交代の波にもまれても06年は36歳で自己最多タイの174安打をマーク。同年5月11日、投手として勝ち星を挙げた選手では川上哲治以来2人目の通算2千安打を達成すると涙があふれた。

 「ポスト石井」と呼ばれた内川聖一が首位打者を獲得した08年、球団から戦力外通告を受けた。

 「やれるまで現役をやりたい」と移籍した広島では42歳までプレー。猛練習で知られるチームでも若手の手本であった。

 引退後には打撃コーチとして広島の鈴木誠也、ヤクルトの村上宗隆を一流選手に育て上げた。

 レジェンドが横浜を去って12年が過ぎた。以降、遊撃手で全イニング出場したのは17年の倉本寿彦だけだ。2年半、339試合連続全イニング出場という前人未到の数字を積み上げた名手の勇姿は、今もまぶしく映る。

=敬称略

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