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ルーツB 若き星の記憶(前編)
多くの名選手を輩出 「青星寮」

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2019年7月23日(火) 11:47

 30年以上にわたりホエールズやベイスターズの若手選手たちの成長を支えてきた横須賀市長浦町の選手寮「青星寮」と、総合グラウンドが老朽化のため今月、同市夏島町に完成した新施設に移転した。1987年に開設されて32年。多くの名選手を生み出してきた旧施設を、懐かしい写真や関係者の思い出とともに振り返る。


1990年の合同自主トレでランニングする投手陣。先頭の斉藤明雄に続き、中央にはまだ投手だった石井琢朗の姿も=1990年1月
1990年の合同自主トレでランニングする投手陣。先頭の斉藤明雄に続き、中央にはまだ投手だった石井琢朗の姿も=1990年1月

横浜大洋時代から続いてきた横須賀での新人合同自主トレ。後方の室内練習場のロゴマークは、鯨から星へと変わった=2019年1月
横浜大洋時代から続いてきた横須賀での新人合同自主トレ。後方の室内練習場のロゴマークは、鯨から星へと変わった=2019年1月

名将も期待


1990年に就任し、横須賀での合同自主トレを視察する須藤豊新監督(右端)
1990年に就任し、横須賀での合同自主トレを視察する須藤豊新監督(右端)

 球団の練習場や寮は川崎球場を本拠地としていた時代は川崎市中原区の多摩川河川敷付近にあり、その後横浜市内に移転。87年に練習環境を充実させるため、横浜大洋の親会社に当たる大洋漁業(現マルハニチロ)の倉庫跡に大洋総合練習場としてグラウンドと寮が整備された。

 その年、監督に就任したのは広島カープを3度日本一に導いた名将・古葉竹識。当時の会見で、横浜大洋の監督受諾の決め手として「大洋が横須賀に練習グラウンドを造るなど、全社挙げて球団に懸ける積極的な姿勢を示しておられる」と、期待感を語っていた。1月、真新しいグラウンドで行われた合同自主トレーニングでは斉藤明雄、欠端光則、ポンセらが汗を流した。

名捕手絶賛

 施設オープンの翌年にドラフト1位で指名され、大型捕手として絶大な期待を受けて入団したのが谷繁元信だった。89年1月の入寮時には、故郷広島からバスと電車を乗り継ぎ、8時間以上かけて当時は「大鯨寮」という名前だった新しい寮に到着。バット20本、ミット4個を持ち込むなど野球漬けの生活を誓った18歳は、そのまま「開幕1軍」を勝ち取った。

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