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レジェンド語る
谷繁元信氏(下)「選手の自覚と責任を」

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2019年6月5日(水) 12:05

 1999年オフに大リーグ・マリナーズへ移籍した佐々木を皮切りに、駒田、ローズ、進藤ら主力選手だった“V戦士”が次々とチームを去った。西武で常勝軍団を築いた森監督が就任した2001年には辛うじてリーグ3位を守ったが、正捕手だった谷繁もまたチームに別れを告げることを決意した。


1998年10月24日、西武ドーム
1998年10月24日、西武ドーム

 谷繁 あと何年、野球人生があるか分からない中で、このまま横浜で野球をやることに対してすごく不安があった。野球人生を、やっぱり後悔したくなかった。横浜が嫌だという感情は一切なく、個人的なことで決断せざるを得なかった。

 中日に移籍後、14年間の在籍でベイスターズに負け越したのは3度のみだ。その間、中日はベイスターズ戦の勝率6割2分と圧倒した。谷繁は特別な思いを抱いて戦っていたという。

 中日時代は名将・落合監督から信頼され、14年間で11度のAクラス、4度のリーグ優勝に貢献した。一方で、97年から01年まで5年連続でAクラスだったベイスターズは、谷繁退団後の14年で10度も最下位に沈んだ。古巣への複雑な感情はいつも心にあった。

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