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元ベイ石井琢が引退:意志の強さ貫いた24年間、歴代11位の2430安打

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2012年8月27日(月) 23:33

通算2千安打となる中前打を放つ石井=2006年5月11日、横浜―楽天(横浜)
通算2千安打となる中前打を放つ石井=2006年5月11日、横浜―楽天(横浜)

その時が、ついに来てしまった。ファンとともに38年ぶりの夢に向かい、グラウンドを駆け抜けた横浜のリードオフマンが、広島の地でユニホームを脱ぐ。

1989年にドラフト外でプロ入りして24年。「意志を貫く強さ」が174センチの小さな大打者を支えていた。

投手としての資質を見いだされて入団し、高卒1年目に1勝を挙げながらも、21歳で早くもピッチャーの自分に見切りをつけた。

「20歳そこそこで、限界なんて言ってんじゃねえ」。当時の須藤豊監督にこっぴどく怒鳴られたが、野手転向の思いは曲げなかった。

ベテラン期に差し掛かったころ、円熟の身ながら序盤のオープン戦に出場。若手を寄せ付けない打撃で首脳陣にアピールする姿には鬼気迫るものがあった。

若手に機会を与えてはどうか。意地悪い記者の質問にも、いつもの柔和な表情で答えた。「あくまで結果でしょ」。至ってクールな口ぶりに、厳しいプロの世界を感じさせたものだ。

その裏には、練習の積み重ねに培われた自信があった。須藤氏は「努力に勝る天才なし。人の何倍も練習してレギュラーを獲得した」と、2006年の2千安打達成時に語っている。

キャンプでは朝から晩まで汗を流した。猛特訓で難しいボールをカットするバットコントロールを身に付け、守備では三遊間を組んだ名手進藤達哉氏に教わり、自らを鍛え上げた。

「立浪さんを超えたい」とずっと言っていた。惜しむらくは、立浪和義氏(中日)の通算2480安打到達が難しくなったことか。

2158試合出場、通算2307安打、355盗塁―。横浜ベイスターズ(現横浜DeNA)時代に打ち立てた数多の球団記録はおそらく今後、何年もそびえ立つ金字塔だろう。たくさんの輝かしい記録と記憶を刻み、石井琢朗はグラウンドを去る。

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