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Captain’s Roots 首位打者佐野の歩み
首位打者佐野の歩み(2)「勝負強さ」の片りん

ベイスターズ | 神奈川新聞 | 2021年1月30日(土) 13:00

倉敷ビガーズ時代も勝負強かった(畑涼介さん提供)

 2009年8月、中学硬式チームの「倉敷ビガーズ」は全日本中学野球選手権大会(ジャイアンツカップ)に初出場を果たした。灘崎中3年の佐野恵太は制球力抜群のエースとして君臨。130キロ前後の直球やスライダーを投げ分けた。

 1回戦で四日市トップエース(三重)に3─4で惜敗したが、佐野は特大のアーチを描いたという。「飛ぶバットを使っているとクレームを受け、違うものに変えてホームラン。パカーンと打ったんですよね」。主将だった畑涼介さんが印象深く語るように、当時から勝負強さの片りんをのぞかせていた。

テスト前でも夜間練習

 倉敷市を拠点にするチームには15人の同級生がいた。練習は週末と平日2回の計4日間が基本で、中学2年までは勝ったり負けたりを繰り返す、ごく普通のチームだった。現在、代表を務めている小島伸吾さんは「野球だけではなく、勉強も頑張らせている。来てくれる子を受け入れてきた」と説明する。

倉敷選抜に選ばれた佐野(左から3人目)らチームメート(畑涼介さん提供)

 少し太めだった左打者は、バットを柔らかく使いこなすアベレージヒッター。黙々とトレーニングを重ねるタイプで、テスト前でも週2日の夜間練習を欠かさなかった。畑さんは「自分は勉強嫌いで練習に来てましたけど、佐野もいつもいました」と振り返る。後にボートレーサーとなる坂本雅佳も、練習を休まない仲間の一人だった。

 野球道具も大切にしていた。バットと投手用、三塁用のグラブはいつも手入れが行き届いていた。「僕のグラブはカサカサで監督によく怒られていましたけど、佐野の用具はピカピカできれいでしたね」(畑さん)。野球と真摯(しんし)に向き合う佐野の人柄がにじむ。

進路にも夢を投影

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