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わが人生・藤木幸夫(4) ミナトのおやじ刊行

わが人生 | 神奈川新聞 | 2021年4月4日(日) 00:00

 各界を彩る神奈川県ゆかりの人物が、自ら半生を振り返る連載「わが人生」。成功に至る道程とそこで培われた人生観とともに、懐かしい生活風景や人生を翻弄した激動の世相も映し出しています。約半世紀にわたり神奈川新聞読者の皆さまに愛され、今なお色あせない「わが人生」企画。バックナンバーの中から厳選し、カナロコで復刻掲載します。第一弾は、藤木グループ会長の藤木幸夫さん。全130回。

 現代の観点では不適切な表現や、現在では状況が異なる事象もありますが、紙面掲載当時の表現、表記をそのまま掲載しています。著者の所属先など関係者・関係組織へのお問い合わせはお控えください。

2004年3月19日掲載

シアトル港湾局の制服ジャンパーを着た筆者

 最初の土曜日、白土秀次記者は事前に調べた資料をテーブルの上に広げ、じん問するような口調で切り出した。

 「おやじさんの記録を読むと、明治二十五年二月十八日に神奈川県久良岐郡の戸部村にお生まれになってますね。明治三十五年には戸部尋常小学校に入学してますね…。明治四十二年には密航に失敗してますね」

 「そうなんだよ」

 「その後、メキシコまで行ってますね」

 「そうなんだよ」

 警察でじん問を受けているように、私のおやじは素直に相づちを打ち、必要なことをぽつりと付け加えるだけだった。

 回数は五回、時間は午前中と限られている。これで本当にまとまるんだろうか。

 おやじはしゃべるのが嫌いだから、いっそ自分が知っていることを話してやろうか。

 私は内心やきもきしながら、二人のやりとりを見守るほかなかった。

 二回目の土曜日になると、白土記者の私のおやじに対するインタビューならぬ取り調べは、一段と厳しくなった。

 「白土さんなあ、あのときはおハルが…」

 おハルというのは私の母、すなわち藤木幸太郎の妻である。おやじが記憶をまさぐるようにして語ると、白土記者が急に声を張り上げた。

 「この前と、いうことが違ってます!」

 「そうかなあ。おハルはあのときそう言ったはずなんだがねえ」

 「いいえ、この前と違います!」

 「そうかなあ」

 「違います!」

 私のおやじが頭を抱え込んだ。

 私はいつもおやじにしかられてばかりいた。おやじがいつ怒り出すか―と、私はそばで見ていて、はらはらした。振り返っても無事に終わったのが不思議なくらいだ。

 毎回こんな調子、土曜日の午前、五回にわたって、藤木企業の会長室は時ならぬ「刑事部屋」に変じ、白土記者の綿密な調査と考証のおかげで、昭和五十三年十二月、労作『ミナトのおやじ』が世に出ることになった。

 私はおやじから頼まれても、決して白土記者の原稿に目を通さなかった。この人の書くことなら間違いないという確信もあった。

 だから、私が『ミナトのおやじ』に実際に目を通したのは、本になってからである。

 果たして、私が思った通りの内容だった。

 振り返ってみれば、昭和三十八年にも読売新聞記者などを経験した中出栄三氏が、藤木幸太郎の伝記『港と共に』を執筆してくださっていた。

 私はあらためて『ミナトのおやじ』を読み返した。白土記者に頭が下がる思いだった。

 白土記者のおやじに対するじん問の場に立ち会い、そのうえ貴重な記録を得た。だからこそ、私は自分が存在しなかった過去のことまで、あたかもそこに居合わせたように、ありありと思い描くことができる。

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