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神奈川新聞と戦争(30)1941年 演出された主従関係

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2017年3月8日(水) 11:30

市民の自発的な戦争協力を取り上げた1941年12月10日付の神奈川県新聞
市民の自発的な戦争協力を取り上げた1941年12月10日付の神奈川県新聞

 大戦下の総動員体制は、国民が進んで協力しているかのように演出された。真珠湾攻撃の翌々日、1941年12月10日の神奈川県新聞(本紙の前身)の「工都版」「軍港版」からも、それが読み取れる。象徴といえるのが、軍への献金と金属回収の記事だった。

 「八日朝来より九日にかけ陸海軍両省に対する献金熱がいやが上にも昂揚(こうよう)した」とつづられた記事「沸(たぎ)る!献金熱」は、一市民の忠誠心を伝えた。

 横浜市戸塚区の51歳の酒店店主は「去る大正四年の大正天皇御即位記念として今日まで売上金の内から五十銭銀貨だけを貯(た)めたのが丁度(ちょうど)二千枚金額にして千円となつた」ので陸海軍に「寄託」。天皇即位を機に貯金を始め、国家の一大事にそれを差し出す-という、絵に描いたような忠臣だ。

 「校庭から戦場へ“二宮先生”愈(いよい)よ出動」の記事は、二宮尊徳の銅像が金属供出の一環で撤去されることを告げた。

 「勤倹力行の亀鑑(きかん)[模範]として各国民学校々庭に『背柴読書』の可憐(かれん)な姿で朝夕少国民に敬愛されつつ偉大な無言の感化を与へてゐた二宮尊徳先生の銅像も皇国隆替(りゅうたい)[盛衰]の秋(とき)に際して愈々(いよいよ)聖戦参加に決定した」。勤勉の象徴である尊徳が、まるで自ら戦争協力を申し出たかのような擬人化だった。

 続く関連記事「個人銅像も自発的提供」は、尊徳像だけでなく「個人秘蔵の各種銅像も今次対米英戦の重大性に鑑み(略)愛国心の昂揚による自発的提供が希望されてゐる」とした。後段で「種々の理由をこぢつけていつまでもこれを死蔵するが如(ごと)きこと」と批判するあたり、自発の名を借りた強制性がうかがえる。それでも美談は量産された。同じ面の記事は、女性たちが回収した「鍋釜火鉢、鉄瓶、薬罐(やかん)、古自転車、銅製品や古とたん」が「山と積まれた」ことを報じた。

 一方で「手拭やタオルの配給に区が親心」と題した同面の記事は、自発的協力の美談と表裏一体をなす。

 アパートの大家が配給品の手拭いを入居者に配布しなかった問題を受け、横浜市の鶴見区役所が「市に対し極力事情を訴へて増配」を要求。大家には「独身者に充分行き渡る様に取計ひたし」と通達した。それを記事は「親心」と表現した。

 忠誠に基づく自発性と、それに応える親心。天皇制国家に連なる主従関係は、戦争遂行のために新聞が演出した物語でもあった。

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