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神奈川新聞と戦争(13)1928年 反共で政府と“共闘”

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2016年10月19日(水) 10:02

田中義一首相の所感を掲載した1928年4月12日の横浜貿易新報
田中義一首相の所感を掲載した1928年4月12日の横浜貿易新報

 明治憲法下の「緊急事態条項」である「緊急勅令」を無理筋で適用し、政府は1928年、治安維持法の最高刑を死刑に引き上げた。立法府を飛び越しての法改定を後押ししたのが、同年3月15日の共産党関係者の一斉摘発だった。本紙の前身、横浜貿易新報(横貿)を含む新聞各紙が初めて事件を報じたのが4月11日。翌12日の横貿には、田中義一首相の所感が全文掲載された。題名は「共産党事件に国民へ警告-天人共に許さぬ大陰謀-」。

 所感は事件を「国体を根本的に変革して労農階級の独裁政治を樹立」「共産主義社会の実現を期し当面の政策として革命を遂行するにあつた」と断定。国体に関する「暴虐なる主張を印刷して各所に宣伝頒布した」ことを「狼藉(ろうぜき)言語道断」「天人倶(とも)に許さゞる悪虐の所業」とののしった。

 田中首相いわく、本事件は皇国にとって一大不祥事であり「国家の存立上最も重大の憂慮を含む」。よって国民は「上下心を一にして国体を護る覚悟」を改めて確認すべきである-。

 この所感を、横貿は「田中首相は(略)首相官邸に新聞記者を招集し左の国民に対する警告書を発表すると共に各新聞紙の力によつて此(この)警告の普(あまね)く国民に徹底せんことを希望した」との前文を付けて掲載した。

 横貿は田中の所属する政友会に厳しい目を向け、田中内閣の対中政策を徹底的に批判し、しかも25年の治安維持法制定時には言論の萎縮をもたらすと懸念を表明してきたが、今回は政府見解をそのまま載せた。背景には、17年のロシア革命や25年の日ソ国交樹立などを経て、共産主義を警戒する世論が浸透していたことが挙げられるだろう。

 それは横貿の記事からも読み取れる。事件の発表から3日が経過した13日には「再結党に徹底的弾圧方針」「共産派学生には弾圧を加へる 水野文相談」との見出しが掲げられた。

 前者は、共産党に関係するとの理由で結社禁止となった「労働農民党」を巡る記事。再結党の動きに対し警視庁が「徹底的弾圧方針を執る」と決めた、と伝えた。後者は、事件や運動に関与した学生、教員は処分するという内容だった。

 同日の社説は「排斥すべき不祥事件」と嘆いた。先の記事と同様に「官吏養成」が目的の官立高校、大学から「最も極端なる危険思想及(およ)び陰謀が生まるゝに至つた」と問題視した。

 立憲主義を掲げ、言論の萎縮を懸念した横貿にとっても、共産主義に傾倒した人たちは守るべき「国民」の範囲外にあった。

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