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神奈川新聞と戦争
(130) 1941年  一足早く紙面で開戦

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年3月15日(日) 05:00

1941年12月1日の神奈川県新聞に掲載された雑誌「キング」の広告。米国を非難し戦意を高揚する文句が並ぶ
1941年12月1日の神奈川県新聞に掲載された雑誌「キング」の広告。米国を非難し戦意を高揚する文句が並ぶ

 いよいよ日米開戦の12月である。本稿ではあまり取り上げなかったが、森下仁丹も戦意高揚の広告を新聞各紙に出していた。例えば1941年12月1日の神奈川県新聞(本紙の前身)には「けふ興亜奉公日 一億鉄火の前進のみ」と題し「国土に脈打つ決戦態勢! 今ぞ隣保更(さら)に結び 生活を通じて奉公の誠を捧(ささ)げ赫耀(かくやく)[光り輝くさま]たる世紀の暁明を迎へやう」とある。興亜奉公日とは、国民精神総動員運動の一環で39年から実施された生活運動で、毎月1日だった。

 同日には雑誌「キング」12月号の派手な広告も掲載されている。「米国の横暴非道を衝(つ)く」と題した見出し。続いて「皇国日本の進路を阻む敵性の巨魁(きょかい)米国! 見よ、正義人道の仮面の下に、如何(いか)に多くの横暴罪悪を行ひ来り且(か)つ行ひつゝあるか、論壇の第一人者武藤貞一氏が、筆鋒(ひっぽう)するどくその非道と野望を衝く憂国熱血の大文字」と内容が紹介されている。どこか現在の保守系論壇誌を思わせる。武藤(1892~1983年)は東京朝日新聞、報知新聞を経た評論家で、米ソとの戦争を主張した。

 同月3日には「烈々決戦の意気燃えて 断乎(だんこ)敵性粉砕を決議」と題した記事。大政翼賛会横浜市支部の協力会議で「支那事変[日中戦争]を完遂し大東亜共栄圏の確立を図り以(もっ)て世界平和に寄与するは皇国不動の使命なり/吾等(われら)は此(こ)の高邁(こうまい)なる皇国の使命達成に対する政府の毅然(きぜん)たる決意に従ひ之(これ)を防害(ぼうがい)せんとする敵性に対しては断乎鉄槌(てっつい)を下し時艱(じかん)[時の難問]突破に挺身(ていしん)せんことを期す」と決議した、という。

 米国の名こそないが、敵性とは満州や日中戦争を巡り対日制裁を進めた米国に違いなく、まさに日米開戦前夜といった雰囲気が伝わってくる。こうした中で、寿屋(後のサントリー)も「貯めやう! 勝たう!」(同日付)「戦ひ 勝つ為(ため)には」(同5日付)と、戦費調達のための貯蓄を続けて呼び掛けた。

 攻撃こそまだ行われていないが、日米間の戦争は一足早く、紙面上で始まっていたとも読める。

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