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神奈川新聞と戦争(11)1925年 表現の萎縮を懸念

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2016年10月5日(水) 09:45

「治安維持法は無用」とした1925年の横貿。22年に同法の前身とされる「過激社会運動取締法案」を廃案にした議員らが、今回は賛成に回った矛盾も突いた
「治安維持法は無用」とした1925年の横貿。22年に同法の前身とされる「過激社会運動取締法案」を廃案にした議員らが、今回は賛成に回った矛盾も突いた

 「治安維持法は無用」。本紙の前身、横浜貿易新報(横貿)は1925年2月21日の社説でそう断言した。言うまでもなく、同法は国体(天皇制国家)の変革や私有財産制の否定を掲げる組織を禁じた法律だ。同年、共産主義体制のソ連と国交を樹立したことで、革命思想が流入するとの懸念が背景にあった。

 社説の論点の第一は「政体の改革」を巡る恣意(しい)的な解釈にあった。

 法案審議で政府は「政体の改革」の解釈について、あくまで政府転覆を指すのであって二院制や枢密院、貴族院の制度改革は該当しないと釈明したが、ひとたび法律ができれば「色々と解釈を左右にする事も出来」る。つまり恣意的な解釈があり得、結果、国民の政治論議に「非常の圧迫」をもたらす恐れがある、と。

 第二は、言論の規制が、結局は国家の発展を阻害するとの見方だ。社説は「日本の国体は、絶対的」と前置きした。さすがに天皇制とは別の選択肢を示すことは許されなかったが、一方で、当時既に「言論の自由」という語句が多用された点は注目に値する。

 いわく、立憲政治の実現のためには「国民の言論」に「自由の権」を保障することが欠かせない。でなければ「国民の創造力」を奪い「思想上の進取的発展の意気と情熱とに阻害を及ぼす」。結論するに、同法案は、立憲政治において「害あって益なし」というのだ。

 恣意的な解釈の余地を残す法律が権力の乱用を招き、言論を萎縮させ、ひいては憲法に基づく統治を崩壊させる-。社説はそう断じた。的確だ。それに、2013年の特定秘密保護法や、集団的自衛権の行使を容認した昨年の安保法制に対する批判とも重なる。

 だが結局、同法は制定された。3年後には最高刑が死刑となり、日米開戦直前の1941年には「予防拘禁」も可能に。度重なる厳罰化で言論は萎縮し、戦争を止める力はそがれた。

 よくいわれるように、25年の治安維持法は普通選挙の実現とセットだった。横貿にコラムを執筆していた歌人の与謝野晶子は、同年2月22日に「普選案の犠牲」と題して記した。

 「治安維持法などは小さな問題だとも考へられます。それを交換条件にして普選が成立するなら小さな灸(きゅう)を忍んで命を拾ふやうなものかも知れません」。普選で国民による政治が実現すれば、同法など取るに足らない。そんな「時代錯誤の法律」は「国民の実力で易々(いい)として廃棄し得る」。当局も、国民の反対を押し切ってまで同法を乱用するとは「考へられない」…。

 あまりに無警戒で楽観的だが、世論を反映してもいただろう。普通選挙への期待はそれほど大きかった。その陰で、戦争に至る言論統制は着々と進められた。

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