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神奈川新聞と戦争
(122)1941年 「こころ」に迫る国策

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年1月12日(日) 05:00

「物よりこころ」と訴えた寿屋の広告。隣は貯蓄を呼び掛ける広告=1941年11月5日付神奈川県新聞
「物よりこころ」と訴えた寿屋の広告。隣は貯蓄を呼び掛ける広告=1941年11月5日付神奈川県新聞

 1941年11月5日の神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された寿屋(後のサントリー)の赤玉ポートワインの広告は「ちびた鉛筆」「慰問袋に入れたいものは、物よりこころ」と題して次のようにつづった。

 「或(あ)る兵隊さんに渡つたささやかな慰問袋でした。ちびた古鉛筆が二三本と、それに稚(いとけな)い筆跡のたどたどしい添へ手紙……ぼくのうちは貧乏で何も買へませんから使ひかけですが、ぼくの鉛筆を送ります。笑はずに使つて下さい……兵隊さんも泣きました。戦友も泣きました、みんな、その飾らぬ童心、ひたむきなまごころにうたれたのでした」

 美談だが、日中戦争が長期化し日米の開戦が迫る状況では、単に子どもの純真さをたたえる意図にとどまらない。「物よりこころ」の標語は、以前本欄で紹介した同社の広告「頑張れッ! あなたの力で造れる…弾丸もタンクも飛行機も」の広告に通ずる。生活を切り詰め貯蓄すれば戦費を賄える、という趣旨だった。いずれも、天然資源に乏しい上に経済制裁で石油に困窮する現実から目を背けた精神主義に他ならない。

 長引く戦時体制は、人々の思考をも戦時にかなうよう誘導した。寿屋は翌6日にも広告を掲載。「スパイの手」と題したもので、同社がこの頃、何種類もの「献納広告」を準備していたことがうかがえる。

 本文は「最近あつた外国での話」として、「三人の少年が水道貯水池に臨む塔に上つてゐた」との目撃談が「水道に毒が投げ込まれた」といううわさを生み大都市を混乱させた、という話を紹介。スパイの恐怖を喚起し「乗るなデマの手に!」と呼び掛けた。翌7日にも、同じ題名で、異なる内容の“スパイの魔手”の事例を紹介した。

 前年の40年9月、内務省によって制度化された「隣組」が、地域における相互監視体制を担った。これらの広告はそれを強化し、人々の「非常時」意識をあおったといえるだろう。

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