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神奈川新聞と戦争
(120)1941年 類のない「道徳国家」

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2019年12月29日(日) 05:00

 「日本人の身体はすべて国家に帰一する」。1941年10月12日の神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された広告で、寿屋(後のサントリー)が記した「帰一」の語の意味は重い。

 国民と天皇の一体性を示す「帰一」の思想が統治の原理として用いられた経緯を論究したのが、思想史家の藤田省三(1927~2003年)である。

 藤田は主著「天皇制国家の支配原理」で、法に基づき権力の在り方を規定する近代国家を目指した伊藤博文が、並行して、相反する旧来の共同体原理も重視したと指摘する。「社会一般のあらゆる対立を調和するために不可欠」だと伊藤が考えていたからだ。

 例えば藤田は、西欧の資本主義国で労働者が「精神死滅の動物」のごとく虐げられ、疎外されているのに対し、日本では「資本家と労働者」の間に「温情ある関係」がある、と伊藤が認識していたとする。

 こうした考えは、明治憲法や教育勅語にも反映されたという。天皇をいただく「道徳共同態」である日本には元来、権力の対立など存在せず「陛下と一般国民との直接なる一致合体」が実現している、とする思想だ。「帰一」は日本の国家観を表すものだった。

 天皇制が、近代国家の要件である法治を軽々と超えていく。そんな思想は、戦時に一層強調された。日中戦争の始まった37年、学界の協力で文部省が編集した「国体の本義」は、西欧の個人主義の欠点を挙げながら、世界に類を見ない「道徳国家」を称揚した。

 いわく「個人の集団を以(もっ)て国家とする外国」では、権力闘争で支配者が入れ替わり、あるいは「主権者たる民衆の意のまゝ」に、選挙で支配者を決める。人々は「権勢や利害に動かされて争闘を生じ」、革命にまで至る。対して、日本では天皇が「自然にゆかしき御徳」を備え、国民は権力に強いられてでなく「止(や)み難き自然の心の現れ」として天皇に仕える-。

 藤田によると、こうした思想は、国際関係の文脈で「道徳国家=日本と非道徳世界との交渉」として捉えられた。広告掲載からほどなく、日本は米国などと戦端を開き「鬼畜米英」と、特にその非道徳ぶりを喧伝(けんでん)することになる。

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