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神奈川新聞と戦争
(118)1941年 生命をも「献納」せよ

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2019年12月15日(日) 05:00

「縁の下の力持ち」と題した寿屋の広告(右上)。左下の洋服店の広告には「国民服」の文字も =1941年10月11日付神奈川県新聞
「縁の下の力持ち」と題した寿屋の広告(右上)。左下の洋服店の広告には「国民服」の文字も =1941年10月11日付神奈川県新聞

 「縁の下の力持ち」。1941年10月11日の神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された寿屋(後のサントリー)の赤玉ポートワインの広告である。本文は次のようなものだった。

 「例へば飛行機です。人はともすれば空中勤務員の働きの、華々しさに心惹(ひ)かれ易(やす)いけれども、そのかげに黙々として整備に精魂を傾ける地上勤務員のあることを、わすれてはなりません。飛行機に限らず、世には、地味で、しかも酬(むく)ひられること尠(すく)ない、蔭(かげ)の働きに汲々(きゅうきゅう)としていそしむ人も、随分あるのです。かうした人こそ、心から尊敬、感謝に価(あたい)するのではないでせうか」

 もっともな内容だが、日中戦争が泥沼化し、日米の戦争までもが想定されていた当時にあっては、前線で戦う兵士だけでなく、銃後の国民にも戦争協力を呼び掛ける意図だったことは明らかだ。

 前回紹介した同月10日付の広告(頑張れッ! あなたの力で造れる…弾丸もタンクも飛行機も)が、国民一人一人の節約によって軍事費を捻出できる、としたのは、その具体策を示したものともいえる。

 寿屋は連日、しかも異なる内容の広告を出した。翌12日は「君の健康も献納だ」と題したものだった。

 「今まででも、勿論(もちろん)健康の大切さはわかつてゐました。併(しか)し、その大切さは、個人的のものでした」で始まる本文は、人々の健康というものが、もはや個人的なものでなく、国家のものだと説く。「極端なはなしが、生きようと死なうと自分の身体ぢやないか(略)自分の幸不幸に係(かかわ)るからこそ大切なのだ、といふ考へ方」は「昔のこと」であり、「今日はさうは参りません」というのだ。

 続く本文は「日本人といふ日本人の身体はすべて国家に帰一する」と言い切った。これこそが、この広告の主題だ。戦時下、個人の生殺与奪を国家が握った。

 そして、本文は次のように結ばれた。「君の健康も単に自分だけの問題ではありません。献納の心算(つもり)で、大切にもする、錬成もする、といふところまで徹底しなければうそです」

 戦意高揚のために企業が「献納」した広告が、読者に生命や身体の「献納」を呼び掛けたのだ。

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