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神奈川新聞と戦争
(117)1941年 節約が兵器を生む?

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2019年12月8日(日) 05:00

軍事費調達のため国民に節約を求めた赤玉ポートワインの広告=1941年10月10日付神奈川県新聞
軍事費調達のため国民に節約を求めた赤玉ポートワインの広告=1941年10月10日付神奈川県新聞

 経済統制で新聞の広告スペースが圧縮されたにもかかわらず、出版や薬品の広告は旺盛だった。対照的に後退したのが、両者とともに戦前の広告界で「三大広告」に数えられた化粧品と、それに次ぐシェアを占めていた食品である。

 化粧品の広告が減少したのは、戦時下で不要不急の存在とされたからだ。内川芳美編「日本広告発達史(上)」(1976年)によると、37年に始まった日中戦争で化粧品の輸入が停止。さらに、国民の精神をも戦時体制に“動員”するため国が始めた国民精神総動員運動によって、華美な生活が敵視された。

 同書は「生活簡素化や華美追放キャンペーンのあおりを受けたりして、とくに女性用化粧品はかなりの打撃をこうむったのではないか」と推察。40年に「三大」から4位に脱落、翌年には5位になったという。

 以前も紹介したが、例えば40年12月8日の横浜貿易新報(本紙の前身)には、「華美は絶対に廃(や)めたいものです。お化粧も新体制に簡素の中の美しさを発揮いたしませう」とうたったレオン洗顔クリームの広告が掲載された。

 化粧品メーカーが自ら「華美廃絶」を訴え、挙国一致と滅私奉公の「新体制」に沿いつつ、簡素ながら清潔な素肌を保つためクリームを薦める苦肉の広告手法だった。

 レオンは、41年1月8日の神奈川県新聞(本紙の前身)に、その傾向を一層強めた広告を出した。戦闘機のシルエットの挿絵に「簡素美をおすゝめする訳」の惹句(じゃっく)。本文には「『私は銃後の女性よ』とおつしやりたいのなら、みだしなみを通りこしたお化粧や服装は、先づ止めて戴(いただ)きたいもの!」とつづられた。

 いわく、女性の「品性向上」のために「美白力、殺菌力」の高い洗顔クリームを用いて「色黒、ニキビ、肌アレの顔」を改善すべきだという。銃後の守りという戦争協力と、素肌の「簡素化粧」を結び付けるレトリック(巧みな言辞)。何より、今もメディアで多用される「美白」の語が戦争の文脈で用いられていた事実には驚かされる。

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