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神奈川新聞と戦争
(10)1925年 「治安維持法は無用」

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2016年9月28日(水) 09:44

 言論、結社を抑圧する治安維持法に、本紙の前身の横浜貿易新報は明確に反対していた。同法案が審議の過程にあった1925(大正14)年2月21日付、1面の社論の全文を引用する。

【一】

 現内閣の有力なる閣員は、曾(かつ)て過激思想取締法案に対して反対した人々であるが、此等(これら)の人々の手によつて、今回新たに治安維持法案なるものが提出せられ、議会の問題となつて居る。現内閣は護憲内閣と称せられ、貴族院の改革や普選[普通選挙]の断行をも、之(これ)を実施するの意気を有しつゝ、一方に此(この)種の治安法の如(ごと)きを提出して、天下の物議を招くに至つた事は、立憲内閣の前途に対して甚だ遺憾の感なきを得ぬ。法案の制定には、当局としては、或(あるい)は相応の理由も根拠もある事であらうが、総(すべ)て一法一案の制定に就いては、之を立案するの前、宜(よろ)しく大局より活眼を注ぎ、永遠の大計の上に立つて、活(い)ける断案を下すを要する。此大局眼から考ふれば、今日、治安維持法制定の如きは、秋毫(しゅうごう)[少しも]其(その)要がない。

【二】

 政体の改革や、私有財産制否認等に就ては、今後益々(ますます)色々の議論や主張が現はれて来るであらう。内相法相の弁明に従へば、政体の改革は、決して、二院制の廃止や、枢密院貴族院の廃止等の如き問題を指すものでなく立憲政体其ものの根本的否認を指すものであるとの事であるが、併(しか)し、此等の点は法律発布後、司法官の認定によつて色々と解釈を左右にする事も出来、随つて将来政治的言論に対して、非常の圧迫を、国民に加ふる事となる。例せば総理大臣公選論の如き議論が現はれた場合は、是を果して如何(いか)に処分すべきや。既に此等の議論は、過去に於(おい)ても一部の人々の間に唱へられた事もあり、今後は、一層新説新主張が現はれて来るに相違ない。此等に対して、一々官憲の眼が光つて来ては、言論界や学術界は、容易ならぬ圧迫と苦痛とを感ずるを免れない事となる。

【三】

 日本の国体は、絶対的のものであつて、一毫(いちごう)[少しも]之を侵す事は出来ない。国体は絶対にして不動不可侵の神聖体である。併し政体や私有財産制の如きは、必ずしも絶対的のものではない。時勢により文化の進運に伴つて、或は相応の変異を来たす場合もないとも限らぬ。否真正の立憲政治の完成の上からは、政体や財産制の上にも、常に、新たなる研究、新たなる方法を講ずるの必要があらう。随つて国民の言論をして、此等の点に就て、常に自由の権を得せしむるを要する。言論の自由を束縛することは、種々なる意味に於て、社会国家の進運を妨ぐるの結果を生じて来る。大局に活眼を注ぎ、永遠の大計によつて進退せよとは、此処(ここ)の事であつて、区々たる眼前の小情によつて、妄(みだ)りに国民を法律攻めにすることは、却(かえ)つて国家の進運に伴ふ所以(ゆえん)の途(みち)でない。

【四】

 言論の自由に不利益を与ふることは、国民の創造力を奪ひ、思想上の進取的発展の意気と情熱とに阻害を及ぼすの恐れがある。国民の思想的創造活動に故障を与ふることは、延(ひ)いて国家の文化発達に、多大の妨害を及ぼして来る。国民の思想言論をして、常に疑惧(ぎぐ)[不安]恐怖の間に戦(おのの)かしむるは、決して立憲の本義でない。断じて善政とは言ひ難い。小学校の生徒に対してさへ、今日は、なるべく規則詰の教育を廃し、児童の創造力をして自由に発達し活動せしむるの法を採つて居る。国民の思想的創造力を奪ひ、言論の自由を奪ふ如き法案は、立憲治下に於て害あつて益なし。

 
 

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