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神奈川新聞と戦争
(93)1941年 「生産性」が命を選ぶ

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2019年7月21日(日) 05:00

 戦線拡大と表裏一体に空襲の恐怖が現実になりつつあった1930~40年代の日本は、国家が徹底して国民の「生産性」を追求した時代だった。総動員体制によって乳幼児までもが戦争遂行の「資源」として計数化される一方、その価値がなければ排除の対象となった。「生産性」の尺度を生命に当てはめ、有用か否かで選別する思想だ。

 日本は早くから戦略爆撃の威力と、裏返しの恐怖を認識していた。中国に対する31年10月の錦州爆撃、38年12月以降の重慶爆撃の経験だ。41年12月の日米開戦の10~3年前。だが政府は根本的な対策を講じることなく、各自で身を守る「民防空」を強制した。

無責任な記事

 真珠湾攻撃の2カ月前、41年10月12日の神奈川県新聞(本紙の前身)は、県内一斉の防空訓練を伝えた。見出しは「空襲何ぞ恐るべき/いざに備へ県民頑張れ」などと勇ましい。「空襲何ぞ-」は当時の戦時歌謡の題名にちなむ。

 当局の談話も引用された。「男も女も総(すべ)て働き得るものは挙(こぞ)つて自分家や自分の隣保班を死守しなければならない義務がある」「防空は市民の一人々々が滅私奉公の大精神に燃えて各自の持場を死守する事」

 単なる精神論ではない。談話の通り、これは「義務」だった。日中戦争の3カ月前、37年4月に成立した防空法の存在だ。

 国民に消防や救護を義務づけた同法は、この記事の1カ月後、より厳しく改正され、都市からの退去禁止なども追加された。人々は逃げられなくなった。

 41年10月3日の県新聞は「これが防空鉄則だ」と対処法を紹介した。いわく焼夷(しょうい)弾はシャベルで拾う、バケツがなければ手おけや洗面器で火を消す、防火衣は古着でいい-。あまりに非科学的で無責任だった。

「資源」の補充


1942年7月5日の神奈川新聞に掲載された赤玉ポートワインの広告。「生めよ殖えよ、そして育てよ!」と題し「大東亜」の担い手を増やそうと呼び掛けた
1942年7月5日の神奈川新聞に掲載された赤玉ポートワインの広告。「生めよ殖えよ、そして育てよ!」と題し「大東亜」の担い手を増やそうと呼び掛けた

 同時期の紙面には子どもに関する記事も多い。例えば同年11月5日の同紙に載った「読者の声」欄の「閉め出された子供」。空き地を巡る読者の投稿である。

 「空閑地利用も国策線に乗つて食糧補給乃至(ないし)増産の一助をなすもの」で結構だが、そのために「空閑地は殆(ほと)んど人糞(じんぷん)の臭ひで蔽(おお)われ尽してゐる」。肥料が臭くて子どもが遊べないという。そして続く。「将来、大東亜を双肩に担ふ第二の国民の健康増進」に影響するから当局は一考を-。いかにも戦時らしい大仰さだ。

 だが、これは決して誇張でも、のどかな一こまでもない。仮に当時11歳ならば、大戦末期には陸軍少年飛行兵の志願年齢に達する。文字通り、戦争を「担う」存在に育っていったのだ。

 42年7月4日の神奈川新聞には次のような囲み記事がある。男性は戦地に取られ、女性が工場労働を担っていた。「女子労務者増大に伴ひ労務対策に万全を期さねばならぬ◇現在の母、将来の母として生産の中から生れる我国将来の健全なる婦女子を造るために」

 翌5日には「生めよ殖(ふ)えよ、そして育てよ!」と大書した広告も。「うんと生み、うんと育てなければなりませぬ。輝く大東亜をうち建てるためには、その中心となるべき日本人が、今のままでは、どうしても足りないのです」

現在に重なる

 三つの記事に共通する狙いは、戦場や空襲で失われる「人的資源」の補充だ。

 その根拠は、41年1月に閣議決定された人口政策確立要綱だった。「産めよ、殖やせよ」を掲げ、1夫婦に5人の出産を求め、将来の兵士の員数を賄う。「興亜の赤ちやん護(まも)れ」と題した同年10月3日の県新聞の記事もその一環とみられる。

 並行して、国策に沿わない人を排除する方針も立てられた。40年制定の国民優生法は「悪質ナル遺伝性疾患ノ素質ヲ有スル者ノ増加ヲ防遏(ぼうあつ)[防止]スル」。優生思想そのものだった。

 「防空」は、出産や育児のような生命現象をも国家が管理する思想に結び付いた。戦後にも続いた。同法を48年に再編した優生保護法。あるいは昨今、政府が出生率の目標値を設定し、「一億総活躍」を掲げ、政治家が「生産性」を基準に国民を差別する思想だ。

 戦争を遂行するための総動員体制は内面化され、今なお生き続けている。

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