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神奈川新聞と戦争
(189)1944年 大学は「安逸」だった?

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年7月25日(日) 05:00

入営した学生の消息を報じた1944年2月14日付本紙

 学生たちの入営を、本紙はその翌日、1943年12月2日の紙面で「学徒兵颯爽(さっそう)と入営」の見出しとともに、23行の小さな囲み記事で報道した。人数と部隊名は伏せ字にされた。

 「友の屍(しかばね)を踏み越へ〱祖国の為(ため)に馳(は)せ参んぜんとする学徒兵は眉宇に鉄石の決意を漲(みなぎ)らせて霜柱を踏んだ、一日午前八時学徒兵○○名は横浜○○部隊にさつ爽と入営、身体検査を終つて直ちに被服を着装すれば忽(たちま)ち逞(たくま)しき勇士に変つた(略)午後二時には家族との面会を終へ、一切の身回り品を託し各所属中隊に配属され天晴(あっぱ)れ勇士としての感激の第一日夜を結んだ」

 こうして、徴兵延期の「特権」をねたまれた学生は学徒出陣で一転、総力戦の象徴と位置付けられた。新聞は彼らを英雄視して一層、戦意をあおっていく。

 入営から2カ月半、44年2月14日の本紙は「襟に輝やく星二つ 一兵に徹す“学徒兵”」と題し、横浜市中区から出征した学生2人を7段の大きな記事で詳報した。「入隊して早くも二月余、今では軍隊口調で戦友と語りつゝ猛訓練に猛訓練を続けるこの若人ら」の消息を“美談”に仕立てた内容だ。うち1人の法大生は、一時帰宅した際、軍隊を学生生活と比べて次のように語ったという。

 「軍隊の勉強が如何(いか)に真剣に行はれてゐるかよく解(わか)ると同時に学生時代の生活は実に安逸だと思ひました。洗濯しながら、また演習中の僅(わず)かな小休止の間に典範、教範を繙(ひもと)いて勉強をします。それは単なる学問のための勉強でなく尽忠に燃ゆる軍人の本分を全うするための勉強であります」

 学生生活は「安逸」であり、大学の学問は実社会から遊離した「学問のための勉強」である。これはメディアが喧伝(けんでん)した反理性、反インテリの言説そのものである。

 本意かどうかは知る由もないが、大学が「安逸」であり軍隊が「真剣」だと学生自身の口から発言させることに、学徒出陣の政策を正当化する狙いがあったことは想像に難くない。

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