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神奈川新聞と戦争
(188)1943年 仮想敵は同世代の若者

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2021年7月18日(日) 05:00

教育内容が「緊切でない」学校に対する閉鎖命令を伝えた1943年12月1日付本紙

 日大2年生の談話は活字が所々欠けて内容がよく分からない。何とか判読できるのは「学徒動員令は我ら皇国学徒最高の栄誉でなくして(何だ)」といった部分だ。1943年12月1日、学徒出陣の当日を飾るべく、入営する学生の所感を載せた本紙の体裁は、既に“敗色濃厚”だった。

 同じく日大2年の別の学生は「国家百年の計を決する曠古(こうこ)の[前例のない]聖戦である大東亜戦争は皇国の興廃をかけての大戦であり、私達学生若人の責務が今日程重大な時はないと信じまた信じられてゐる時、軍人として第一線へ征(ゆ)くことのできたことは無上の歓(よろこ)び」と常套(じょうとう)句を並べた。

 言うまでもなく、彼らはそう書かざるを得ない状況に置かれていた。後段でも「必らず御期待に副(そ)ひ戦ひます、もとより生還は期しません、邦家[自分の国]のため死地に投ぜんの覚悟は」「靖国のみ社[御社(みやしろ)]から、またあとから続く後輩のりゝしい頼母(たのも)しい勇士を激励してやります」と悲壮な言葉が続く。

 2人の日大生に共通するのは、敵国の学生を意識したコメントだ。前者は「身を君国に捧(ささ)げるのはこの秋(とき)です、敵米英の学徒殲滅(せんめつ)に」、後者は「日本学徒の真価本質を米国学生の横顔に叩(たた)きつけてやります」。新聞やラジオなどを通して米英への敵意があおられた当時、学生の仮想敵は同世代の若者だった。学窓にあるべき存在は、彼我ともに軽んじられていた。

 学生の入営を伝えたこれらの記事の傍らには「三十二校に閉鎖命令」の見出し。県内81校の「各種学校」のうち32校の閉鎖が文部省から命ぜられた、という内容だ。大学や専門学校などとは別の独立した私立学校で、記事には裁縫学校、英語学校、神学校などの名前が羅列されている。

 対象は「その内容が時局下緊切でないもの」。閉鎖された後の施設は「最も有効に公共のために活用」するとされ、記事は一例として「裁縫学校にあつては陸海軍の衣服類の仕立に転換して銃後戦線に参加することは最もよき方法とされてゐる」と説いた。

 学生は兵士に、学校は兵站(へいたん)に。これが総動員の現実だった。

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